第33話

あぁ、世のなか上手くはいかないものだなと、俺は即座に狸寝入りを決め込みながら心の中で愚痴った。


 腕の隙間から薄めを開け、様子を伺う。

 可愛らしい女子だ。肩口で切りそろえられた黒髪に、里香や翔子よりも大きな双丘。

 周りとの比較から背丈は低いのだろうと思う。狭い視界からの情報ではぼんやりとしたことしか分からないが、目鼻立ちも良さそうに見えた。


 そんな彼女が入室してきた扉は、俺の席が最も近い位置だった。真っ先に矢面に立たされないよう、とっさに腕を枕にして机へ覆いかぶさる様にしたのが功を奏したようで、最初に絡まれることなく、彼女はその場で誰かを探す様にキョロキョロと辺りを見渡していた。

 先程までの騒めきが嘘の様に、教室からは音が消える。


 これ以上目立つのは御免だ。

 それに、里香と翔子が美女なのは間違いないが、イケメンというのは俺には該当しない。

 黙っていればやり過ごせるだろう。

 ひたすらに早く時間が過ぎろと祈りながら、俺は決して顔を上げないと誓う。

 数秒ほどが過ぎ、教室から徐々に騒めきが戻り始めるころ、一通り教室内を見たのだろうか。

 彼女はスタスタと足音を立てながらこちらに向かって近寄ってきた。


 足音は俺の前で止み、代わりに聞こえてくるのは、荒い鼻息。


「あなたね! 噂のイケメン君は!」


 彼女の声はとても近くから聞こえてきた。

 俺は存在がバレないように出来るだけ気配を消しながら、カメが甲羅の中へ隠れるように顔を腕の中へ隠しこむ。


「え? 俺?」

 返答したのはおそらく隣にいるであろう木戸だった。


「そうあなた! 今見た限りこのクラスで一番カッコいいもん!」

 そんな彼女のセリフに、何か言いたそうに「あ〜」と呻く木戸と、声を押し殺す様にクスクスと笑い声を漏らしている楓の声が聞こえてくる。


 俺は心の中で祈る。

 頼む木戸。うまく誤魔化してくれ、と。


「えーと。その噂の人ではないんだけど。……それ以前に……どちら様で?」

 おそらくこの問いは、クラス全員が思っていた事だろう。


「私? そうね、一年生じゃ分からないよね。私は新聞部二年――園原静。以後よろしく!」


 まさかの先輩かよ!

 思わず驚きのあまり顔を上げると、そこには突入時にチラリと見た、少女――園原先輩がかがみ込むように俺の方を見ていたらしく、至近距離で視線が真っすぐに交わる。


「お、ここにもイケメンはっけーん! もしかして君の方だった?」


 やばい! と思った時には既に、獲物を見つけた獣の如き目付きで、俺の顔を凝視しており。


「顔、覚えた」

「いや、怖いから!」

「君でしょ? 噂の生徒」


 彼女の言葉には、先程木戸に問いかけた時とは違い、確信めいた口振りをしていた。


「いや、違いますよ」

 俺はできるだけ真顔を作り、嘘をつく。


 その返答を聞くと、ニヤリと園原先輩が笑みを浮かべ、するりとどこからか取り出したスマートフォンを、こちらへ見せつけるように向けた。


「実は写真があるんだよねぇ」

「じゃあ、最初の茶番は何だったんだよ!」


 俺は思わず隣に立つ木戸を指差しながら声を荒げる。

 それなら最初から言い逃れなんてできないじゃないか!

 写真があるなら、どうしろというんだ。


「まぁ嘘なんだけどね」

「嘘かい!」


 どうも園原先輩のペースに、まんまとハマってしまっている気がする。

 さっきから楓はもう隠そうともせずにお腹を抱えて笑っているし、木戸に至っては隣の席でちゃっかり授業の準備を始めていた。

 いつから木戸はそんな優等生みたいなことをする生徒になったんだ。単に関わりたくないのだろうけど……。まるで我関せずだ。


 昨日に続き、またしても孤軍奮闘の気配。どうしたものかと額に手を当て考え込んでいると、予鈴のチャイムと共に、担任が姿を現した。


「おーい。ホームルームを始めるぞ」

 教師という最強の援軍を得て、俺は無事に――この地獄から解放される。

 騒がしかった園原先輩も、教師に促されて泣く泣く教室から追い出されていった。


 クラスメイトからの好奇の視線を浴びながらの授業は非常に受けづらかったが、これはもう致し方ない。

 人の噂も七十五日というし、耐えていればそのうち落ち着くだろう。

 そうして四限まで何とか授業を乗り越え、迎えた昼休みだ。


 本日は、朝の別れ際に里香たちから『お昼は一緒に食べようね』と誘いを受けているため、俺は二人を迎えに行くため仕方なく四組の教室へ向かった。

 廊下を歩くだけで衆目を集めてしまうのは不快だが、このあと彼女たちと合流した後のことを思うと、まだマシなのだろう。


 四組の教室へ近づくにつれて、辺りのざわめきが大きくなるのを感じながら、目的の教室へとたどり着く。

 教室内を覗くと、机を並び替えて、食事をする生徒で賑わっていた。

 その中でひときわ目を引くのは、十人以上の女子生徒が教室の中央を占拠している光景だろうか。


 その塊の中には、昨日放課後に見た、覚えのある女子生徒が数名見受けられ、さらに『おまけ』が一人増えているのも見て取れた。

 一団の中心には一際目立つ……というか、喧しい声で人目を惹いているのは、今朝ウチのクラスに襲撃してきた――園原先輩だ。


 まぁよく考えてみれば、わざわざ俺の所にまで来ているのだから、そりゃ二人の所にも顔を出すだろう。

 随分と行動力のある先輩のようだ。

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