第30話

 里香自身が足を庇いながらもしっかりと歩けていたので、さほど移動には苦労しなかった。

ゆっくりと、里香の歩調に合わせながら家へ向かう。

 

「お前が運動で怪我をするなんて珍しいよな」

「……そうかもね」

「…………もしかして、今朝のことが影響したか?」

 家を出る前の、お世辞にも平常とは言えない里香の姿を、歩きながら思い出す。

 動揺もしていたし、あんな状態では体調が良いはずもないだろう。

 そんな状態で体力測定をしていたら、何かの拍子に怪我をしてもおかしくはない。

 つい、気になって聞くと、足元へ視線を向けている里香は、首を振った。

 その表情を見ることはできないが、恐らく図星だろうと、気配でわかる。


 これ以上余計なことを聞くと、たぶん怒られるだろう。

 それがわかるので、この話はこれでおしまいだ。

 ただ、里香の怪我の原因を、俺が作ってしまったのは理解した。

 だから、里香にはいつもより優しくしようと決めた。


***


「よし、着いたぞ」


 しっかりと俺の腕につかまりながら歩いてきた里香を、俺は支えるようにして無事に帰宅する。

 玄関の鍵を開け、二人分の荷物を玄関先に置くと、里香を上がり框に座らせて足先を軽く持ち上げた。


「ほれ、靴脱がすぞ」

「ちょっと、それくらい大丈夫だから……」

「いいからいいから」


 抵抗しようとする里香を手で制し、まだ真新しいローファーを脱がす。

 露わになったのはソックスに包まれた片足。右足は包帯の関係でソックスを履いておらず、素足に包帯が巻かれている。


 里香の足は小さく、俺の掌とさほど変わらないようなサイズだった。

 ぺたんと座り込んでいる里香をそのままお姫様抱っこし、リビングへ向かおうと立ち上がる。


「さ、流石に恥ずかしい……んだけど」

「なーに、他人に見られてる訳じゃないんだし、気にするな」


 顔を真っ赤にしながら両手で顔を隠す里香。

 確かに不特定多数にこの姿を見られるのは、抱き上げている俺だって恥ずかしさを感じていただろう。

 だた、誰の目もないのなら、いまさら幼馴染の里香を抱き上げることに感情が揺さぶられることはない。


「亮平、デリカシーがないって、また言われちゃうよ?」


 玄関から遅れて入ってきた翔子は、里香を抱き上げた俺を見て、ジト目でこちらを見上げてくる。


「いや、むしろしっかり気を遣えてないか?」

「うーん、まぁ里香も満更でもないだろうし……まぁいいか」

「ちょっと、諦めないで止めてよ。ってか余計なこと言わないで!」


嘆く里香に、えー、でも見るからに嬉しそうだよ。と翔子が茶々を入れるのを聞きながら、俺は里香をリビングへ連れて行き、いつも座っているクッションに下ろす。


「そういえば、病院の件はなんだって?」

「養護教諭に話を聞いた感じ、取りあえず安静にしていればいいってさ」


『重症ならもっと腫れ上がるからって。どうしても気になるなら連れて行ってもいいかもだけど』と続ける翔子の説明を聞き、俺はしばし考える。


 里香の様子を見ると、最初はお行儀よく頷きながら聞いていたが、『どうしても気になるなら〜』あたりから首を横にブンブン振って拒絶を露わにしていた。

 動きに合わせて黒髪がふわふわと舞い、それが鞭のように自分の顔面に当たる姿がなんだか面白くて、俺は思わず笑ってしまう。

 ただ、隣にいる翔子は、呆れ顔で里香の様子を見ていた。

 

「もう高校生なんだから、そんなに病院イヤイヤしちゃだめだよ~」

「嫌なものは幾つになっても嫌!」


 相変わらずの病院嫌いに、翔子はどうしたものかと頭を悩ませているようだ。

 いつまでも笑っていると、そのうちこちらにも飛び火してきそうなので、俺はなんとか笑いを引っ込め、二人の会話へ割って入った。


「まぁ取りあえず様子見してみようか。ほんとは早いうちにしっかり見てもらった方がいいんだろうけど、骨までいってたら見た目である程度分かるだろうし」

「でも、これで実は大事だったら……」

「確かにな……でも」


 俺は里香の方に向きながら言葉を続ける。


「行きたくないんだろ?」


 首を大きく縦に振る里香。

 それを見て大きくため息をつく翔子に、俺は里香の頭を撫でてやりながら続ける。


「まぁ里香が行きたくないって言ってるなら仕方ないだろ。これで悪化したら、次からは里香もちゃんと病院へ行くようになるかもしれないし」

「もぉー。亮平は里香にあまいんだから」


 今後の里香の成長も踏まえ、今回のところは俺たちがしっかり様子を見ていればいい。

 そう結論づけて、この件はひとまずの解決とした。


 俺は手早く料理を作るためキッチンへ向かい、翔子には里香を見張るようにお願いをする。

 さすがの里香もそこまで子ども扱いされるのは気に食わないらしく文句を言っていたが、自身の言動を振り返ってから言ってほしいものだ。


 普段は慈悲を見せる翔子も、今日の里香へは暗黒微笑を浮かべ、彼女を震え上がらせている。まるで親を怒らせた子供と、その母親のような構図。

 そんな姿も昔とあまり変わらず、俺はどこか微笑ましい気持ちになる。

 小さい頃やっていたおままごとも、俺が父親で翔子が母親。里香が子供役だった。  

 そんなことをふと思い出した。


 環境が変わっても、俺たちの関係はきっとあまり変わらないのだろう。

 でも、いつかは変わってしまうのかもしれない。


 その「いつか」が、もうしばらく来ないことを祈りながら、俺は夕食の準備を黙々と進めた。


×××

あとがき


 30話なので、あとがきを残します。

 一日2話更新をおこなっておりましたが、近いうちに、一日1話更新にすると思います。そうしないと、直ぐにストックがなくなってしまうので……。

 続きが全然間に合わなくなりそうです。

 一応、宣伝させてください。

 本作ですが、カクヨムコンにエントリーしています。

 ご助力いただけるようでしたら、是非☆で称えるをお願いいたします。

 ここまで読んでいただけているだけでも、感謝しております。

 願わくば、この先もお付き合いをいただけたら幸いです。

 よろしくお願いいたします。

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