第20話

 翌日からは仮入部期間ということもあり、放課後の校内はまるで文化祭前日のような騒がしさだった。運動部の声出しに、吹奏楽部や軽音部らしき楽器の音、勧誘チラシを配る上級生の声まで入り乱れ、廊下を歩くだけで目と耳が忙しい。


「二人は見学とか行かないの?」

 昨日配られた部活動一覧のプリントを広げ、楓がこちらへ顔を向けた。


「帰宅部希望だから行かない」

 木戸は心底興味なさそうに即答し、机から教科書をスクールバッグに放り込む。


「なんで?」

「やりたい部活がないからな」

「見学したらやりたくなるかもよ?」

「一理あるが、見学したい部活もない」


 バッサリ切り捨てられ、楓は頬をぷくりと膨らませた。


「あっそ。じゃあ瞬くんは勝手にすればいいよ! 亮平くんはどうかな? どこか見学行く?」

「う、うーん……ちょっと考え中、かな」


 期待いっぱいの目で見られてしまい、帰宅部希望とは言えなかった。


「考え中? じゃ、じゃあ一緒に見学行かない?」

 うれしそうに身を乗り出してくる楓。――正直に言えば断りたい。入る予定もない部活動の勧誘で足止めされるのは、さすがに時間が勿体ない。


 俺が答えあぐねていると、木戸が楓の頭に手を置き、代わりに言った。


「やめてやれ。飯島も帰宅部希望だ。俺と違って家庭の事情らしいし、困らせんな」

「え……ご、ごめんね亮平くん。そうとは知らず……」


 木戸のフォローに、逆に胸がチクリと痛む。


「……ああ、気にしないでくれ」

 そこまで重い感じにしないでほしい。

 後ろめたさから、内心二人に土下座をする。


 俺が頬を引き攣らせていると、視界の隅で木戸が「任せろ」と言わんばかりにウインクしてきた。


「仕方がないから見学には俺が付き合ってやる。今回だけだけどな」

「え、ほんとっ! やった!」


 二人はそのまま楽しげに教室を出ていった。


 残された俺は、もやもやとした感情のまま鞄に教科書を詰め、教室を後にする。


 校舎を抜けると、まだ喧騒が残る校庭と体育館の音が背中を追ってくる。歩きながらスマホを確認すると、メッセージアプリに通知が一件。


 開くと翔子からで、「帰宅したよ」の連絡と、可愛らしい犬のスタンプが添えられていた。

 俺も「今から帰る」とメッセージを返すと、すぐに敬礼ポーズの犬スタンプが届いた。


 スマホをポケットに戻し、帰り道で今日の献立を考えながら歩く。

 ――二人の好き嫌いに合わせて、なるべく栄養バランスのいいもの。

 里香は相変わらず好き嫌いが激しいが、出せば不満を言いながらも食べる。

 翔子は文句を言わず食べるタイプだ。


 栄養バランスを考えた自炊など、男子高校生の家事レベルじゃない気もするが、二人のためならまあ、頑張れる。


 家に着くと、俺は自室で部屋着に着替えて、リビングへと顔を出す。

 リビングには既に部屋着へと着かえた二人の姿があった。

  

「ただいま」

「おかえりー」「おかえり」 

 二人へ帰宅の挨拶を早々に済ませると、その足でキッチンへと向かう。

 今日の献立は考えてある。

 夕食の準備を素早く進めていると、それまで静かだった里香に動きがあった。

 里香がクンクンと匂いを嗅ぎながらこちらへ小首を傾げながら近づいてくる。


「もうご飯にするの?」

「まだ夕方だろ。こんな時間に食べたら後でおなか空くだろ。もう少し我慢」

「ぐぬぬっ……いい匂いが空腹に効くね……」

「それより勉強をしてこい」


 翔子は俺が帰宅後すぐに自室で勉強すると言って消えた。

 ……リビングでだらけていた里香とは大違いだ。


「勉強ねぇ……やる気でないなぁ」

「あー……じゃあ学年上位目指してくれ。で、俺に勉強教えてくれ」


 俺には優秀な家庭教師(幼馴染)が必要なのだ。


「じゃあ今から一緒にやる?」

「ああ、それもいいな。ただ、その前に筋トレして風呂入らせてくれ」

「……それなら、私と一緒に入る?」

「入らない」

「けちぃい」

「お前はまず貞操観念を学べ」


 里香の戯言を右から左へ受け流し、残りの調理を終えると、俺は自室に戻る。


 伝えた通りに自重トレーニングを三十分ほどおこなうと、俺はそのまま風呂へ直行した。汗で張り付く下着を洗濯かごへ放り込み、熱いシャワーを浴びる。

 さっぱりとした体でパジャマであるスウェットに着替えたあと、リビングから消えていた里香を探し彼女の部屋へ向かった。

 軽くノックをしてから、俺は中からの返事を待たずにドアを開けた。


「里香、いるかー?」


×××

あとがき


 節目の20話なので、あとがきを入れさせていただきました。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 誰にも読んでもらえないかもしれない。そう思いながら本作を投稿しましたが、想像よりも皆様に読んでもらえており、うれしい限りです。

 ストックはまだまだあるので、この先も楽しんでいただけたら幸いです。


 読んでいただけるだけでも十分うれしいのですが、もし許されるのなら『☆で称える』や本作の感想、コメントなどを頂けたら、小躍りして喜びますのでご検討をいただけたらと。


 今後とも本作と鼠野扇を何卒よろしく願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る