追跡者たち

 展示会会場に向けて歩き出した湊たちだったが、こはるがいないことで本当に二人っきりであることを再認識し、緊張して会話がぎこちなくなる。が、それも束の間のことだった。今日の目的が二人の共通の趣向である〝しろねこ〟である以上は話題には事欠かず、いつの間にか普段通りの自然な会話に戻っていた。


いつもより少し言葉数と笑顔が多いひよりがしゃべるのを聞きながら、こはるといるときのような心地よさを感じていることに気づいた湊が、少し赤面する。その顔を見られたくない彼は、前を指差してひよりの視線をそちらに向けた。

「あそこが会場みたいだね。」


 「おっと?いきなりいい雰囲気じゃね?」

翼が梨央の後ろから身を乗り出すのを、梨央が慌てて抑える。

「翼くん、バレるって!」「朝比奈氏、少しお嬢に近づき過ぎでは?」

梨央とレウスが声を重ねる横で「ひよりちゃん楽しそう~」と、呑気な声を出すみりあ。おそらく彼らは、湊たち以上にこの状況を楽しんでいた。


二人が展示会場に入場するのを見届けながら「手ぇくらい繋げばいいのにな!」と煽る翼に「翼っちは梨央っちと手を繋がないの?」とみりあが無邪気な質問を投げる。それに翼が応える前に、「よし、私たちも中に入ろう!」「みりあ、お嬢はそんなことはしない。」と再び梨央たちの声が重なった。


湊たちを追って会場入口に向かう梨央たち。その数メートル手前で、彼らは予想もしていなかった人物が先に入場しようとしているのを目撃した。


(慎くん!?)


梨央が危うく声を上げそうになりながら、翼の腕を引っ張って死角に逃げ込む。二人は口を押えたまま、丸くした目を合わせた。


「マスター、なぜこの展示会に?」

「僕が可愛いものに惹かれるのは合理性を欠く事ではないと思うが?」

リュカとそんな会話を交わしながら、彼がゲートの先に姿を消すと、翼たちは深く息を吐いた。

(意外!)

尾行班一同は目を点にしたまま、同じ言葉を頭に浮かべていた。みりあだけは声に出していた。


 会場に入った慎が一つずつ展示物を鑑賞していると、順路の少し先を進む湊の姿に気付いた。大声を出すわけにもいかないため、歩み寄ろうとした次の瞬間、その隣で、目の前の絵について楽しそうに語るひよりの姿が目に留まる。慎は僅かに微笑み、湊に掛けようとした言葉を飲み込んだ。


代わりにリュカが口を開く。

「マスター」

その声に慎が視界の隅に目をやると、リュカはレウスに首根っこを掴まれ、その腰にはみりあにしがみつかれていた。

その光景だけでおおよその事を察した慎が、深い溜息と共に眉間を寄せる。睨むように振り返ると、二人して人差し指を口に当てた翼と梨央が、展示物の陰から手招きしていた。


「あまりいい趣味ではないぞ?」

湊たちと距離を保って翼たちに合流すると、慎は呆れ顔をしつつも彼らと共に身を潜める。

「まあまあ!湊はこういうの慣れてねぇからな、サポートしてやんないとな!」

「ひよりんたちにはちょっとばかり借りがあるからね!」

声を潜めたままそう言って、二人は楽しげに頷き合う。

「僕はどちらかというと貸しがあるほうなんだがな……君たちにもだが」

慎はこはるたちが押し掛けてきた夜のことを軽い嫌味を含めて言いながら、ふとあることに気付く。


「そういえば僕はアカウントリンクを切ってないから、会場ここの回線に入った時点でこはるさんに気付かれているのでは?」

慎の疑問にリュカも首を横に振るので、梨央がこはるの不在についての事情を話す。慎もその話を不可解に思いはしたが、彼には人のプライベートを詮索するつもりはなかった。


「それで?」

状況を理解した慎が眼鏡を上げながら、改まって二人に問いかける。

「僕が君らのデートの邪魔になっていることに問題はないのか?」

論理的な口調での世俗的な質問に、梨央と翼が固まる。代わりにレウスが、断定的な口調での独善的な回答をする。

「問題ありません。断じてデートではありませんので。」

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