余韻
「リュカ、手加減してよぉ!」
KVS内の慎のプライベートスペースで、みりあがリュカとゲームをしながら叫ぶ。直後、みりあの頭上に『LOSE』の文字が跳ねた。
「マスターの名に懸けて負けられない。」
無表情のまま『WIN』の文字を掲げるリュカに挑むべく「ならば私がお嬢の名に懸けて戦いましょう。」と、レウスがみりあと交代する。
突然三人のアシスタントたちに押し掛けられて
「わざわざダイブまでさせてしまってごめんなさい。」
成り行きとはいえ慎にとっては理不尽なこの状況に、こはるは恐縮していた。
「リンクスだけではさすがに四人は無理なようだからな。ここでも読書くらいはできるから問題ない。」
眼前に表示した
「翼さんと梨央さん、大丈夫でしょうか……」
独り言のようにこはるが呟くと、慎は本から目を離さないまま、彼女に声をかけた。
「なんだ、彼らのことが心配なのか?」
慎はAIであるこはるのその心情に、少しだけ興味を示していた。
「慎さんは心配してないんですか?」
こはるにそう訊き返されて、慎は目を閉じて少し笑うと、読んでいた本をアンロードした。
「僕は湊とひよりさんを信頼している。」
そこまで言ってからようやくこはるのほうに視線を向けた。
「その上で心配して気に病むなど、そんな効率の悪いことを僕がするとでも?」
そう続けた後、少し思い直すように目を伏せてわずかに首を横に振る。
「だが、こはるさんの心配はきっと湊の支えになっている。僕の言うことは気にするな。」
彼らしい物言いに、こはるの心配顔に少しだけ笑顔が戻ってきたその時、頭上から湊の声が響いた。
「慎くんごめん。こはるがお邪魔してるよね?」
その声に、こはるの表情がさらに明るくなるのを見て、慎は小さく安堵の息を吐く。
「ほら、お迎えだ。みりあ君とレウス君はまだいても構わないがもう少し静かに頼むよ。」
翌日、ワークルームに集まった面々が、何事もなかったかのように作業を始める。湊もひよりも、あれから翼たちがどうしたのかは知らないし、聞くつもりもなかった。
「梨央~わりぃ、こっちちょっとミスっちまって……手伝ってくんない?」
「もぉ~そこ気を付けてって言ったでしょ?」
そんなやり取りをする二人に、湊とひよりは目を合わせて笑顔を交わした。慎もこの件に一言も触れることはなかったが、その口元にわずかに笑みを浮かべていた。
「朝比奈氏、こちらの邪魔をするのは遠慮願いたい。」
「レウスにゃ頼んでねーっつの!」
「あーもういいから!何やらかしたのよぉ?」
「わーい、梨央っち、一緒にやろぉ?」
ひよりが予見した通りに、いつも通りのグループワークの時間が流れる。それが終わる頃には、その場の誰もが昨日のことなど忘れ去っていた。
その日のバイトの時間、梨央に連絡先を渡した客が再び店を訪れた。が、翼が梨央の代わりにそれを返し、毅然と断りを入れると、その客は頭を下げて帰っていった。
「ああいうのははっきり言ってやったほうがいいんだ。」
キメ顔で胸を張る翼に、湊と店長が拍手を送っている。それを見ていた梨央は、少し前のことを思い出していた。
『俺もここでバイトさせてくれない?』
バイト中の梨央に、そう言ってきた男の子がいたことを。
あれは断れなかったな、と内心で笑ってしまう。でも今、そのまっすぐな男の子のことを、少しだけ、かっこいいなと思うようになっていたことに、梨央は自分ではまだ気付いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます