第二幕
第六章 言葉の色
洗礼
グループワークF班のルームは静まり返っていた。
今年度の課題は慎の予想通り、学内向けコンテンツの作成で、葉っぱ内の情報共有スペースの一角の空間機能デザインを行うというものだった。だがどうやら、例年の課題よりはレベルが高いらしい。当面の作業予定と分担を話し合った後、各自作業に取り掛かるが、初日の課題とはうってかわった難易度の慣れないタスクに、それぞれの手際はまだおぼつかない。
皆が自分の作業に没頭する中、面々の肩の力を抜こうと、慎が手を動かしながら誰にともなく話題を振った。
「そういえば、もうすぐテストがあるらしいな。」
慎の思惑は外れ、その話題はなおも皆を硬直させることになる。
「えっ!?」
さらには誰もが慎を振り返り、作業の手を止めてしまった。
「おいおい何言ってんだよ慎、俺らまだ入学したばかりじゃねーか。」
冗談と思いたくも動揺を隠し切れない翼に、慎に代わってリュカが応える。
「葉月大学の独自風習、入学直後試験、通称〝洗礼テスト〟。科目は一般科目なので入試と同レベルとのこと。」
そこまで言うと、いつものように半分閉じた目を慎に向け続けた。
「マスターが知りたがりそうな情報は集めて伝えている。」
その優秀なアシスタントからの視線に、愼は満足そうに頷き返す。
「み、湊さん?実はこはるも今、言おうと……」
「翼っち、そんなの興味ないでしょ?」
「お嬢であれば抜き打ちでも余裕かと……」
三者三様の言い訳をするアシスタント達をよそに、翼たちが騒ぎ出す。
「俺たちは地獄の受験戦争を生き抜いた英雄だぜ?」
「それにこの仕打ち!この大学には人の心がないの?」
翼と梨央が身振り手振りを交えた演劇じみた台詞で抗議する。
「僕に言われてもな……」
慎はそれを僅かに横目で見ただけで、自分の作業を進めていた。
「うーんさすがにこれは準備しとかないとキツそうだなぁ……」
入試は安全圏で合格した湊だったが、さすがに今もう一度となると油断はできない。
「み、湊さん!こはる、ちゃんと情報集めてますよ?」
おそらく今あわてて集めたであろう情報を並べて見せるこはるに
「ありがと。準備しとこうかな。」と苦笑いで応える湊。
「その意気だ親友!俺も協力を惜しまないからな!」「わ、私も!一緒にがんばろ?」
恩恵に預かろうとする〝自信無し組〟にも苦笑いを向けた湊は、ひよりにも一緒にやろうと誘った。翼たちの勢いに押されて、言いだす機会を伺っていたひよりは、気を回してくれた湊に小さく頷き、ありがと、と呟いた。
かくしてF班一同は、始めたばかりのグループワークの作業もそこそこに勉強会を開く運びとなるのだった。
「問題傾向の情報は意外と揃ってるから、ちゃんと準備しておけば問題ないはずだ。」慎がリュカと作った予想問題を皆に送信する。
「さっすが慎!なんだかんだ言って手伝ってくれるって信じてたぞ?俺は!」
翼のこういう調子のいいところこそ、さすがだと湊は思うが口にはしない。
「ギリギリで泣きつかれても困るからな」
目も合わせずに言う慎は、そんな翼の扱いに早くも慣れてきてるらしい。
「ほとんどリュカが作ったものだ。資料構成は僕が指示したものだがな。」
送信された準備情報に目を通した一同はその完成度に驚く。今回のテストに限定されたものであることを除けば、市販されている参考書にも見劣りしないレベルだ。
「これほんとすごい出来だよ!リュカちゃんと慎くん、息ぴったりだね!」
湊からの賛辞に「湊とこはるさんもそうだろ?」と慎が笑う。
こはるがヤキモチを妬かないよう、慎がフォローしてくれたことに気付いた湊が、少し肩をすくめて感謝を伝えた。だが当のこはるはその事は気にも留めず、みりあと肩を寄せてクスクスと笑い合ってる。
「リュカ、すっごい照れてる!喜んでるの?かーわいい!」
みりあはそう言って無邪気に笑うが、リュカはといえばいつものように半目を開いて無表情に立っている。照れてるようには見えないながらも、こはるたちにつられて笑っている湊を見ながら、慎は思った。
息ぴったりと湊は言うが、自分はリュカを喜ばせたことなどないな、と。
だが愼はそれが、湊とこはるとは違う、自分とリュカの関係性だと思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます