作業効率
湊にとってはこれで三度目となる〝AIアシスタント生成の経緯〟の説明を終えると、その場は静寂を迎える。
ゆっくりと息を吐いた慎が、整理させてくれ、と湊たちに掌を向けた。
「つまりAIに人格を乗せた存在だと?メティスのそんな機能は聞いたことないがな……」
それなりにメティスを使いこなせている自負があった慎だからこそ、余計に戸惑いも大きいようだ。
「実は僕も知っててやったわけじゃなくってさ。だからうまく説明できなくて悪いんだけど……」
湊の弁解の言葉を、慎が遮る。
「いや、興味深い運用例ではあるよ。」
そう言ってこはるたちを見るその表情には既に戸惑いはなく、その目は何かを考えているようだった。
「それで運用効率や性能面の向上は見られるのか?」
その慎の知的好奇心を、再び鳴ったチャイムとアナウンスが遮る。
〈本日の課題はワークルームに設置するネームプレートの作成です。デザイン、作成方法は問いません。規定サイズのメディアファイルを作成してください。〉
「なんだ、小学生みたいな課題だな。」
用意された二十センチ四方ほどのプレートを指の上でくるくると回しながら、翼が拍子抜けした声を出した。
「ま、初日だしな。つまり
「だがここにずっと残るなら、下手なものは作れないな。」
そう言った慎が押さえた眼鏡の奥で思考のスイッチを入れる。
「時間的にもメティスの使用は必須といったところか。まずは概案を伝えて……」
と算段を立て始めたその時。
「こはる、やろうか」「はぁい」
「みりあ!はじめっぞ!」「おっけー!」
「レウス、よしなにね」「御意」
三人のアシスタントはそれぞれのプレートに手をかざしたかと思うと、瞬時にデザインを浮かび上がらせる。そしてあっという間に……とはいかないのが彼らのアシスタントたちだ。
「わはは、湊、ずいぶん乙女チックなデザインだな」翼が腹を抱える。
「こはる、これはちょっと恥ずかしいよ!」
「えっ!かわいくないですか?こはるマークの桜模様ですよ!」
ピンクを基調とした配色に丸いフォントで名前が記されたプレートは、湊にとってはちょっと頂けない。
「翼っち!どう?どう?」「みりあ、おまえ字ヘタだなぁ」「むぅ!これ翼っちの字だよ!」
翼の筆跡をトレースしてサイン調にアレンジした文字を、翼は自分の字と知らずに笑う。
「レウス……梨央『様』って何よ?」「お嬢にはふさわしいかと……」デザインも文字も悪くない、が余計な一文字のせいで、まるで楽屋の表札のようだ。
ひとしきり、お互いのプレートを見て笑いあった後、案の定どのプレートにもボツの烙印が押される。そんなお世辞にも効率的とは言えない湊たちの作業を、慎は複雑な思いで見ていた。我に返って自分の作業に集中しようと首を左右に振ったその時、後ろで作業するひよりの手元から、カツカツという小気味のいい音が鳴るのが聞こえてきた。
「わあぁ!ひよりちゃんの、かわいい!」
みりあが声をあげると、ひよりは驚いて手を止めた。そこにはAIのサポート無しで一から手描きでデザインしたプレートが、完成に近い状態にまで仕上がっていた。
「みりあちゃん、邪魔しちゃだめだよ。でもひよりん、ほんとすごいね!これ全部手描き?この短時間で?」
皆が覗き込んだそのプレートには、かわいらしい字体のサインと、彼女自身と思われるキャラクターの顔が描かれている。
「ひよりん、よかったら私のプレートにも似顔絵描いて!」
「あ、梨央だけずるくね?俺もお願いしたい!」
梨央と翼が盛り上がる横で、少しおびえた表情で目を伏せているひよりに、こはるが気付いた。
「あのぉ、ひよりさんがお困りのようなんですが……」
彼女が二人を窘めるのを「いえ、そうじゃなくて!」とひよりが制する。
「お手伝いは全然構わないんですが、全部手描きでもいいですか?」
どういうことか解らずに固まっている一同に、急に立ち上がったひよりが
「ごめんなさい!」と深く頭を下げる。
「わたし、AIが苦手なんです。」
思いもよらない告白に、室内が静まり返った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます