再会

 グループワーク初日、今日は顔合わせと作業準備だけということで、班別に個室があてがわれ、そこで自己紹介が行われる運びとなっている。

予定の部屋に向かう湊の耳に、みりあの声が入ってくる。

「翼っち!そっちの部屋じゃないよぉ~!ねー梨央っち!翼っちがぁ!」

「もぉ何やってんのよ~」

一行を賑やかす声からは一昨日の夜のことがまるで嘘のように感じられる。


結局あれから、バイトを終えた翼が湊に連絡を取り、二人で湊のプライベートスペースでみりあ達の戻りを待っていた。

戻ったみりあは翼がいることに驚いたが、「ほらみりあ、帰るぞ」の一言でこの騒動は幕を閉じたのだった。


「わたし、湊さんと翼さんの信頼関係がちょっと羨ましかったなぁ……」

こはるが思い出したかのようにそんなことを言い出すので、なんのこと?と湊が尋ねる。

「だって!『湊がもう大丈夫っていうなら大丈夫なんだろ?』の一言でぜーんぶ終わるんですもの!」

こはるが珍しく少し興奮した様子で語るので、湊は照れ笑いするほか無かった。


次の日には何事もなかったかのように、以前と変わらない元気なみりあが戻ってきた。違っていることと言えば……

「ちょっとみりあ!梨央!二人がかりはやめろって!」

みりあと梨央が驚くくらいに仲良くなっていることだった。一緒になってはしゃぎながら翼を責め立てる二人の髪に、よく似た髪飾りが光っている。こんなことを言っては翼には申し訳ないが、なんとも平和な光景だ。


「おい湊!おまえ大丈夫って言ったろ?なんか俺への風当たりキツくなってんだけど!」と肩を落とす翼を見たレウスが、やれやれ、と言いたげな溜息をつく。

それを少し振り返った湊が「両手に花でうらやましいね。」と笑いながら目的の部屋のドアを開けた。


 その部屋には、既に一人の青年が入室していた。

それに気づくなり、梨央が気さくに声をかける。

「あ!おつかれー、えーと男子ってことは……一ノ瀬くん?」

手に持ったタブレットに表示されている班分け表を見ると、湊たちの班には三人の他に男女一名ずつの名前が並んでいた。

名前を呼ばれた彼は読んでいた本を閉じると、眼鏡を抑えながら立ち上がる。細身で長身の、清潔感のあるスタイルが好印象だ。


「ああ、〝一ノ瀬慎いちのせしん〟だ。君たちがF班のメンバーか。よろしく頼むよ。」


その立ち振る舞いと言葉遣いは、理知的な雰囲気を漂わせていた。

「よろしくな!自己紹介は全員そろってからにすっか?あと一人、女の子がいるはずだよな?」

翼が梨央のタブレットを覗き込みながら応える。

こういう時、彼らのコミュ力は本当に頼もしいと、湊は感じずにはいられなかった。


「そうだな、〝遠野とおのひより〟さんというらしい。」

すでにメンバーは覚えてしまっているらしい慎が、何も見ずにそう答えると、その名前を聞いた湊が、あれ?と首をかしげる。なんかどこかで聞いたことがあるような。もとより翼たち以外に知り合いがいないと思い込んでいた湊は、他のグループメンバーが誰かなどほとんど気にしていなかった。

「あれ?湊さん、気付いていなかったんですか?」

湊の様子に気付いたこはるがそう言うのと同時に、部屋のドアが開いた。


「すみません、遅くなりました。遠野です。」


彼女は印象的な大きな眼鏡の奥からやや上目遣いに覗き込みながら、恐る恐る入室してきた。

「あ、君は……」

湊が気付いて声を漏らすと、彼女、ひよりも湊を見て驚く。

「え、あの時の店員さん?」


湊はバイト初日、一人の客が求める本を探して大奮戦したことを思い出した。彼女の名は、その時に見つけた本の予約票に書かれた名前だった。

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