第38章 — 炎の中から
煙がゆっくりと、濃く、息を奪うように立ち上る。
車はまだ軋み、赤熱した金属が徐々に冷えていく。
リョクは残骸の中から這い出す。
動くたび、皮膚が帯状に剥がされていくような激痛が走る。
彼は熱いアスファルトに倒れ込み、
煙と血を咳き込む。
世界が回転する。
遠くのサイレン、割れるガラス、爆発の余韻――
全てが歪んで耳に届く。
だが最も恐ろしいのは、
内側の静寂。
存在が――
何も言わない。
笑わない。
命令もしない。
リョクの心の奥には、底なしの空白が広がっていた。
「……死んだ……?」
彼は力のない声で呟く。
――違う。
通りの端で“何か”が動いた。
爆発で消えたはずの影が、
遠くで膝をついていた。
呼吸の仕方を思い出そうとする負傷した獣のように。
その身体は崩壊していた。
半分は煙。
半分は黒い肉が形成途中で、
生まれかけの筋肉のように震えている。
かつてヘッドライトのように輝いていた目は、
今では不規則に明滅し、
消えかけの電球のようだった。
リョクは地面に手をついて立ち上がろうとする。
皮膚は焼け、腕は震え、
それでも――立つ。
影もまた立ち上がろうとする。
ふらつき、
崩れかけ、
霧のようにほどけながらも、
——それでも、進む。
影はリョクを見つめ、
一歩。
また一歩。
さらにもう一歩。
言葉はない。
だが意志は明白だった。
まだ終わっていない。
リョクは前へ踏み出す。
燃えすぎて、もう身体の感覚すら曖昧だ。
冷たい風が剥き出しの皮膚をガラス片のように刺す。
「……なんで、死なない……?」
自分自身に言い聞かせるように呟く。
影は答えた。
声ではなく――仕草で。
リョクの動きを真似る。
立ち方。
揺れ方。
呼吸のリズム。
まるで鏡の中の自分。
しかし魂も限界もない。
存在がようやく喋った。
弱々しく、掠れ、瀕死の声で。
「……あれは……お前の残り……を食って……生きてる……」
リョクは拳を握りしめた。
「じゃあ……今、終わらせる。」
彼は走り出す準備をした。
それはレースではない。
最後の戦い。
だがその瞬間、
リョクの心を粉々にする光景が起こった。
深く傷つき、ぐらつく影が――
胸に手を当て、
ゆっくりと口を開いた。
その声は壊れ、割れ、空気を裂きながら絞り出される。
「……とう……さん……
……かあ……さん……
……おくれ……ないで……
……おねがい……」
リョクは息を呑んだ。
心臓が一瞬止まる。
爆発が、身体の外ではなく内側で再び起きたようだった。
影は記憶を“再生”しているのではない。
感じている。
リョクが感じた痛みを。
生まれて初めてーー
影は、
弱く
幼く
そして
悔いているように見えた。
世界が一瞬、静止する。
リョクが一歩近づく。
影も一歩近づく。
ひとりの迷子の少年。
そして、契約が産んだ“もうひとりの少年”。
その二人が向かい合う。
そして、運命の転換点が訪れた。
影は焼け落ちた顔をゆっくりと上げ、
憎悪でも怒りでもなく――
もっと危険なものを言った。
「……ぼく……いきたい……」
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