あわいに立つ
羽山 涼
第1話 出会い①―京都にて
すべての人間には『守護霊』が憑いている――
守護霊は基本的に生者には見えないものだが、あらゆる力で守ったり導いたりと、少し生きやすいように手を貸してくれている。だが、それを知っているのは『見える』人間だけで、生きているほとんどの人には関係のない話だ。
「おやおや? お嬢ちゃん、『後ろ』に誰もいないのかい? それは大変だ。俺が憑いてあげるよ」
そして、守護霊が『いない』雫は、今日も霊にナンパされていた。
京都の春。烏丸駅の近くは人混みで、車は渋滞している。そのざわめきの中に、死者の足音も混じっている。きっとそれが聞こえるのは雫だけ。
引っ越してきたばかりの雫は、生活雑貨店で必要品を買い、帰ろうと歩いているところだった。この人混みでも、幽霊にとって守護霊がいない人間とは、こうも目立つものなのか。もしかすると、幽霊は人と幽霊の区別がつくのだろうか。聞いたことがないので雫にはわからない。
(やめてほしいんだけどな……本当に……)
慣れない土地で、緊張でまだ胸が落ち着かないのに。こんなところで立て続けに霊にナンパされてるなんて、嬉しいどころか、気が滅入る。
雫は幼い頃から霊が『見える』体質だった。霊を霊だと思わずに話しかけていた幼少期、変な子だと噂され、友達はできなかった。中学デビューも高校デビューも失敗した。誰とも仲良くなれず、いっそ離れようと知らない土地にやってきた。
思った通り、京都にも霊は多く、観光地なだけあって道路上の人の多さが東京の比ではない。それはつまり、霊の多さでもある。正面を見ても人。空を見上げても人――さすがにこれは幽霊。
どれが生きていて、どれが死んでいるのか、雫には判別がつかない。なので、道が分からないことがあったとしても、誰かに話し掛けたりはしないことにしている。
――とりあえず逃げるか。大通りから路地へ向かう角を曲がるなり、雫は走り出した。
「あっ! おまえ、『見える』奴だな!? 待ちやがれ!」
「迷惑なんですけど!」
雫は走りながら叫ぶ。とはいえ、特別体育会系でもない雫と幽霊、どちらの足が速いかといえば、もちろん幽霊であって。追いつかれる――そう思った時だった。
「ぐえっ!」
「え?」
蛙が潰れたような声が聞こえて、雫は足を止めて振り返った。男が誰かに背後から踏み潰されたようだ。
「迷惑みたいだからやめたら? あんたみたいな浪人に守護されたら、いつ斬られるかわかったもんじゃないし」
踏みつけている方の青年が言った。
「ぐ、ぐう……! だ、誰だてめえは……!」
男が顔を上げる。そうして、その青年の着ている浅葱色の羽織を見て、顔を青くした。
「お、おまえ! その羽織! 新選組の――」
青年は素早く腰の刀を抜くと、男の前に突き付けた。
「話が早いな。この子を諦めるのと、今ここで成仏するの、どっちがいい?」
「ヒッ……!」
男は青年の足の下から這い出ると、慌てて逃げ去って行った。
その様を、ぽかんとした顔で雫は見ていた。青年は刀を鞘に納める。
「大丈夫?」
「あ、はい、どうも……ええと、新選組の……」
そこまで言うと、青年は愛想の良い顔で笑った。
「沖田総司。よろしく」
雫は息を飲む。沖田総司。新選組の話を少しでも知っていれば聞いたことのある有名人だ。
「あ、あなたのような有名な霊に会うのは初めてです」
「俺も、俺が見える上に話せる人に会ったのは初めてだよ。名前聞いてもいいかな?」
沖田が気楽に聞いて来る。
「神代雫です。でも、どうして幽霊に? 何か未練でもあるんですか?」
沖田総司の過去についても、新選組についても雫は詳しくない。だが、幽霊になる人には一定の理解をしていた。現世に何か残してしまった、未練がある人。強い思いがある人。何か思い残したことがあるから、人は死後に幽霊になる。誰かの守護霊になったり、彷徨い続ける浮遊霊になったりする。
沖田は笑みを収めてこう言った。
「今会ったばかりの君に頼むのは気が引けるんだけど……協力してほしいことがあるんだ。君にしか頼めない」
あまりにも真剣な表情で言うので、雫は頷く。きっと思い残した何かについてだろうと雫は思う。霊の未練は出来るだけ解決したい。そうすれば、世の中の幽霊の数が減る。雫はそう思っている。
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