第37話『大地、岩を呑み込む』

雷撃が風を裂き、イェルダが沈んだ。


その余韻がまだ戦場に残る中、別の場所では土と岩が唸りを上げていた。


ガルザスは拳を握りしめ、正面のヴェロークを睨みつけている。


ヴェロークは巨岩のような身体をゆっくりと揺らし、無機質な視線でガルザスを見おろした。


次の瞬間──


岩の腕が、地面ごと叩き割る勢いで振り下ろされる。


「……ッ!」


ガルザスは横へ飛び退くのではなく、半歩だけ体をひねって拳を合わせた。


拳と岩がぶつかった瞬間、大地にひびが走る。


衝撃は互角。

だが、重さではヴェロークが勝っていた。


押される。

それでもガルザスは退かない。


「……悪くないな」


低く呟きながら、ガルザスは足元へ意識を落とす。


地面が、わずかにうねった。


ヴェロークは気づかない。

ただ打ち砕くためだけに、再び腕を振りかぶる。


今度は横からなぎ払う一撃。

避ければ簡単にかわせる軌道だ。


だが、ガルザスは避けない。


「正面から砕いた方が、話が早い」


踏み込んだ足の下で、大地が「味方」に変わる。


地面が盛り上がり、ガルザスの踏み込みを押し出すように後押しした。


拳と岩が再び衝突する。


衝撃はさっきよりも大きい。

それでもまだ、岩は砕けない。


「……まだだ」


ガルザスは拳を引かず、そのままヴェロークの腕を押し込んだ。


足元の大地が隆起し、ヴェロークの足をそっと持ち上げる。


バランスが、ほんの一瞬だけ崩れた。


その一瞬。


ガルザスは拳を捻り込む。


崩撃ほうげき──!」


岩の表面にヒビが走り、ヴェロークの巨腕がわずかに歪んだ。


「……?」


無機質な瞳が、初めてわずかに揺れる。


ガルザスはすぐに拳を離し、後ろへ跳んだ。


ヴェロークが追撃をしようと一歩踏み出す。


その足元で──


大地が落ちた。


さっきから静かに削られていた足場が、一気に崩れ落ちる。


ヴェロークの片足が地中へ沈み、体勢が大きく傾いた。


「……見てなかったろう」


ガルザスはもう一度、拳を握りしめる。


足元の大地が、"ここから撃て"と言わんばかりに盛り上がった。


「岩は──土に還るだけだ」


踏み込みと同時に、大地がガルザスの背中を押す。


拳がヴェロークの腹部へめり込んだ。


鈍い音とともに、岩の身体に大きな亀裂が走る。


さらに、足元から立ち上がった土の柱がヴェロークの背を押し上げ、内部から圧力を加えた。


「砕けろ」


短い言葉とともに、岩の身体が内側から崩れた。


ヴェロークはそのまま後ろへ倒れ込み、巨体が土煙を上げて沈黙する。


もう動かない。


ガルザスはしばらく拳を握ったまま、壊れた岩の塊を見下ろしていた。


「……悪くなかった」


小さくそう呟いてから、ふっと息を吐く。


手の甲には、うっすらと血がにじんでいた。

それを気にすることなく、ガルザスはゆっくりと指を開いた。


これで──二体目。


ガルザスは深く息を吐く。


周囲の空気が変わっていた。


残る敵は、シェルヴァ・ネザリオ・ラグド=オラの三体。


先ほどまで押されていた戦場が、今は確実に五人の神子へ傾いている。


追い詰められていたのは、もうこちらではない。


ガルザスは仲間の方へ顔を向け、短く言う。


「──行け。流れは掴んだ」


その言葉と同時に、三つの戦線へと再び力が走った。



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