第7話『均衡域の揺らぎ』

王都オルディスから北へ進むと、空と大地と海流が交わる“境界線”がある。


そこが、均衡域きんこういき


静かだ。

息を呑むほどに。


「セリオス、足元をよく見てください」


エルヴィアがやわらかい声で告げる。


「ここは世界の“ふし”にあたります。すべての神気しんきが、ここで一度整うのです」


「……なるほど」


セリオスは静かに歩き出し、白い地面に手を触れた。


神気の流れが、まるで水のようにすーっと彼の指先を通り抜けていく。


「やはり、普段より整いすぎている」


セリオスは眉を寄せた。


「均衡が均衡であるためには、少しばかりの“揺らぎ”が必要なはずだ」


エルヴィアは微笑んだ。


「気づいていましたね。確かに……今日は揺らぎが少ない。整いすぎるのもまた、違和感です」


セリオスは周囲の気配を再び感じ取り、静かに息を吐いた。


「異変と呼ぶほどではない。だが、気になる程度の変化はある」


「ええ。こういう小さな変化ほど、見逃さないようにしましょう」


二人は歩みを進めた。


空は高く澄み、地は静かに脈を打ち、海風がさらりと頬を撫でる。


世界が呼吸しているのがわかる場所だった。


しばらく観測を続けていると、フッと風の流れが一瞬だけ止まった。


「……?」


セリオスの目が細くなる。


その微細な変化を、エルヴィアも感じ取っていた。


「いま、空気が……」


「ええ。ですが、すぐに戻りました」


二人はしばし黙り、再び神気の流れを観測する。


だが、それ以上の揺らぎは起きなかった。


エルヴィアがそっと微笑む。


「今日は、これで十分でしょう。任務は観察です。焦ることはありません」


「……はい」


セリオスは深く頷いた。


風が再び流れ、均衡域の静寂は元の形を取り戻していく。


セリオスは最後に周囲を一巡し、静かに手を合わせた。


「観測は完了しました。戻りましょう、エルヴィア様」


「ええ。ありがとう、セリオス」


二人はゆるやかな足取りで、夕暮れへ向かう道を歩き出した。


セリオスは振り返り、均衡なる地にそっと礼をした。

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