やり直し教皇と本狂いの元暗殺者
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本編
第1話 やり直し教皇①
(……ありがとう。連れてきてくれて)
(こちらこそだよ。ここに一緒に来れて良かった)
私が礼を言うと、彼は
風化したこぎれいな
ほわりと
私は、短い
青年の指は、私の小さな
(私は、本当に……幸せ者だな)
墓標の上を、風がないでいく。
青年は目を細めて笑った。
(はは。
(ああ、まったく。今になっても、君との時間が
目頭が熱くなる。
もうこれで終わりにしようと、覚悟してきたはずだったのに。もし、私の判断を
(全部、
「…………あっ」
彼が、ふと声を
「なあ、ファナ=ノア。……もし、よかったらだけど」
続く彼の言葉を聞いた私は、深い
それが、彼の望みだと言うのなら。
ためらいながらも、私はゆっくりと
† † †
(十七年後)
† † †
自分のことを心底認めてくれる、対等な存在に出会いたい。
小さな祭壇を見上げ、そんな願掛けをしてみる。……まあ、要するに、今現在手持ち
その祭壇は、私が腰掛けるソファから見て正面、西の壁にあった。
どこの教室にもあるそれは、『白の教皇ファナ=ノア』の像を
でも、教皇の像を見ると、私はいつも不思議な感情が湧き起こるのだ。
(白の教皇は、本当は、
と。
私がその人に感じるのは崇拝というより、共感に近かった。
だって聖書通り、ずっと善人で居続けられるものだろうか。五百年前、世界から姿を消したというその後、実はとんでもない悪行をしていたりして?
そんなとりとめのないことを考えながら、私は視線をテレビに戻した。時刻はもう夕方の六時だ。
室内には、シンプルな二人がけのソファがローテーブルを
向かって右には
ここは、国立大学
とはいえ、このままでは
「何か手伝えることは?」
「あーっ、うーんと……」
「失礼しまーす! あっ、ファナくんもいるぅっ」
「なんで生徒会長がここに?」
「知らないの? 親子なんだよっ!」
女子学生が六人。きゃいきゃいと甲高い声で狭い室内が一気に騒がしくなる。衝立で見えないけど、父が歯を食いしばって『あ゛あ゛あ゛こんなときに』とわしゃわしゃ髪をかき乱しているのが分かった。モテるっていうのも大変だよな。
私の名前はファナ。『白の教皇ファナ=ノア』という神様的存在にあやかった、ありふれた名前。性別は男、年は十七。生徒会長もやっている。
準備室に入ってきた女子たちも、ソファに座っていた私を見つけて、嬉しそうに駆け寄ってきた。父が申し訳なさそうに声だけを投げてくる。
「ファナごめんっ! そっち頼むっ」
「……分かったよ」
父は今も
「ねえねえ、先生ー! うちら、分かんないことがあってさー!」
「ちょっと待って、皆」
奥の研究室へ
「今は、静かにしていよう?」
口元に人差し指をあてて片目を閉じると、女子たちは「ほう……」と固まった。
自分でいうのもなんだけど、私は
……ところで。
私は女子学生のうちの一人に目を向けた。一歩退がった位置で、薄い笑みを浮かべ、一人だけ落ち着き払っている。
(こんな子、いたかな?)
週に二回は登校時に校門に立って
私はその女子学生を観察した。女性にしては背が高い。私と同じくらいだろうか。初夏だというのに、レースをあしらった白手袋をつけている。顔立ちは整ってて、少し化粧が濃い。アイスブルーの
視線に気がついて、その女子学生がこちらを見た。
「会長、私の顔になんかついてる?」
「──いや、いつもそんな
誰か分からないなんて失礼かと思い
「やだー、会長ってば。ナンパみたいなこと言うなんて。そんなに私の見た目が好み?」
うわ、失敗したな。この論点はよろしくない。
「……本音を言ってしまっていいか?」
「どうぞ?」
断りを入れつつ表情を
その目は意外にも冷静で、自分が好みかと聞く割には、答えに関心が無さそうに見えた。これなら始めから気を回した言い方をしなくても良かったかもしれない。
「すまない。顔と名前が一致しなくって……」
「……。ぷっ」
その女子学生は少し固まってから、吹き出した。お腹と口元を押さえて肩だけで笑っている。ちょっと素直に言い過ぎたかも。まあ笑っているならいいか。
笑いを少し収めた女子学生は、いたずらっぽい表情で私を上目遣いに見つめてくる。
「思い出すまで、教えてあげなーい」
「
実は化粧しただけの、顔見知りだってことだろうか。いや、それすら冗談の可能性もあるな。余裕たっぷりの態度でありながら、その目は常に注意深くこちらを観察している。こんな人、一度会ったら忘れるはずがない。
ほかの女子学生たちが焦った様子で口を挟んでくる。
「ファナくんにそんな言い方するなんて! 頼みこむから連れてきてあげたのに──」
「あーだめだめ! それでバレたら面白くないじゃん! 会長も、こんなことで目くじら立てたりしないでしょ?」
「……まあ」
そりゃ、先に無礼を言ったのはこっちだし。昔からの知り合いみたいな口ぶりのせいで、不思議と共犯者みたいな感覚になってくる。面白い人だ。
「ちょっとこれだけ生物学棟に届けてくる! ごめんけどその間に帰ってもらって」
「あああっ、先生……今日もかっこいい」
「ちなみに予定が終わったら速攻で帰るよ。すでに母を
「えーっ!」
「生徒と奥さんとどっちが大事なの!」
「まあまあ」
女子学生たちが口を
まだ恋愛経験がない私には彼女たちが少し眩しい。
……さて。父からは彼女たちを帰らせるよう頼まれた訳だが。
頭の中で少し作戦を練ってから、私はもう一度
「早く帰りたいっていう父のことは私には止められないけど、皆のやりたいことの手伝いは少しならできるよ。実は今週末──」
父と会える予定を
「────で、彼はこの時間まだ部活動中だから、今から行ってみたら?」
「…………! ファナくん、天っ才! ありがとう!!」
成功かな?
女子学生たちは、私の提案を試してみる気になったらしく、すぐさま荷物をまとめてだだーっと駆け足で出て行った。ああ、なんとかなって良かった。
見送ってから、ぽつりとこぼす。
「すごい勢いだな……」
「そうだねー」
「!」
なぜか一人だけ残った女子学生が反応して首を傾げている。さっきの人だ。
「だってあの先生って、結構有名な特殊能力もちでしょ? そりゃモテるわ。会長はそういうことできないの?」
「……」
父みたいに特殊能力を使える人はとても希少だ。国か教会にいけば就職先を
「できないよ」
そういうことにしておこう。
とりあえず、開けっぱなしの物理化学室のドアを閉めようと立ち上がる。
そこで、廊下の向こう……父が向かった生物学棟の方が
「なんだろう?」
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