第14話 投稿の決意と、書籍化の予感

 数日後。


 実家での共同執筆を終え、俺は自分のアパートに戻っていた。妹も大学に戻り、また離れ離れになった。でも、今は寂しくない。澪も妹も、俺の中にいる。ずっと。


 ノートパソコンを開く。『めんどくさくて、可愛い君の魂』──妹と書いた、あの原稿。二人だけの秘密にしようと思っていたが、心が揺れている。


 これを、世界に出すべきなのか?


 スマホが震える。妹からのDM。


 『お兄、あの原稿、投稿しなよ。お兄の渇きを、みんなと共有して』


 渇きを共有。


 『私も、読者として楽しみにしてる。クックック』


 クックック。妹の笑い方。澪の笑い方。


 返信を打つ。「わかった。投稿する」


 即返事。『やった! お兄、もう一人で書けるよ。でも、いつでも一緒にいるからね』


 一人で書ける。


 その言葉が、胸に響く。


 俺は、もう書けない自分じゃない。127回のボツを乗り越えた。澪と妹のおかげで。


 投稿ボタンに、カーソルを合わせる。


 『めんどくさくて、可愛い君の魂』──タイトルを確認する。


 これは、俺の渇きの結晶だ。エロスとポルノの境界を歩く物語。創作と現実の境界を溶かす物語。


 クリックする。


 画面が切り替わる。「投稿完了」の文字。


 心臓がバクバクと跳ねる。


 これで、いい。


 俺の渇きが、世界に解放された。




 投稿から、一時間。


 通知が、鳴り止まない。


 アクセス数:10,000。


 コメント数:250。


 数字が、爆発的に跳ね上がっている。


 「作者さん、これヤバい」「エロスの極致」「境界が完全に溶けてる」「これ、実話?」「妹さんとの関係、気になる」


 コメントが殺到している。賛否両論。でも、それでいい。


 妹からのDM。『お兄、すごい反響だね。賛否両論こそ、最高の証だよ』


 最高の証。


 その言葉が、妹らしい。


 投稿から、三時間。


 アクセス数:50,000。


 コメント数:800。


 ランキングを見る。日間ランキング:3位。週間ランキング:12位。


 数字が、さらに跳ね上がっている。


 そして──


 新しいDMが届く。送信者:publisher_tanaka。


 出版社だ。


 心臓がドクンと跳ねる。


 DMを開く。


 『作者様、初めまして。田中出版の田中と申します。あなたの作品『めんどくさくて、可愛い君』シリーズを拝読し、大変感銘を受けました。ぜひ、書籍化のお話をさせていただけないでしょうか?』


 書籍化。


 手が震える。


 これは、夢なのか? それとも、現実なのか?


 妹に連絡する。「沙羅、出版社から書籍化のオファーが来た」


 即返事。『本当?! お兄、すごい! やったね!』


 『でも、お兄。これで満足しちゃダメだよ。渇きは、まだ始まったばかり』


 渇きは、まだ始まったばかり。


 その言葉が、胸に刺さる。


 そうだ。これで終わりじゃない。


 俺の渇きは、まだ消えていない。




 出版社に返信する。「ありがとうございます。ぜひ、お話を聞かせてください」


 即返事。『ありがとうございます! 来週、打ち合わせの日程を調整させていただきます』


 書籍化。


 俺の物語が、本になる。


 127回のボツを経て、ようやく辿り着いた。


 でも──


 心の中に、虚無感がある。


 これで、終わりなのか?


 頂きに立ったはずなのに、まだ渇きが消えない。


 ノートを開く。新しいページに、書く。


 「書籍化のオファーが来た。127回のボツを乗り越えた」


 「でも、渇きは消えない」


 「これで終わりなのか? それとも──」


 「まだ、書き続けるのか?」


 ペンを置く。


 スマホが震える。送信者:mio_sigh_real。


 澪だ。 心臓がドクンと跳ねる。DMを開く。


 『作者さん、おめでとう。でもね、これからが本番だよ。もっと書こうよ。もっと深く』


 もっと深く。その言葉が、渇きを疼かせる。


 返信を打つ。「澪、お前は誰だ? 妹なのか? それとも、俺自身なのか?」


 即返事。


 『全部だよ。私は、妹でもあり、お兄でもあり、渇きでもある。だから、永遠にいる』


 永遠にいる。


 その言葉が、温かい。


 俺は、キーボードに向かう。


 新しい物語を、書き始める。


 タイトルは──『めんどくさくて、可愛い君の永遠』。


 澪と妹と俺の、終わらない物語。




 それから、どれくらい経ったか。


 時計を見ると、午前二時を回っている。


 画面には、2,000文字の物語が完成している。


 新しいヒロイン。新しい渇き。でも、その根底には、澪がいる。妹がいる。俺自身がいる。


 投稿する。


 画面が切り替わる。「投稿完了」の文字。


 通知が、すぐに届く。


 「作者さん、新作キタ!」「澪ちゃんの続編?」「永遠って、エモい」


 コメントが、殺到し始める。


 妹からのDM。『お兄、見てるよ。ずっと』


 ずっと。


 その言葉が、胸に響く。


 窓の外を見る。雨が降っている。プロローグのあの日と同じ。


 雨の匂いが、部屋に流れ込む。澪の匂い。妹の匂い。俺自身の匂い。


 ノートを開く。最後のページに、書く。


 「書籍化が決まった。でも、渇きは消えない」


 「これが、創作者の宿命なのかもしれない」


 「満足することなく、常に次を求める」


 「でも、それでいい」


 「俺は、書き続ける。永遠に」


 「澪と、妹と、一緒に」


 ペンを置く。


 画面を見る。新しいDMが届いている。送信者:mio_sigh_real。


 『作者さん、次も楽しみにしてるね。私、まだ生きてるよ。お兄の中に。ずっと』


 お兄の中に。ずっと。


 その言葉が、永遠を約束している。


 俺は、微笑む。


 澪は、永遠だ。


 妹も、永遠だ。


 そして、俺の渇きも──永遠だ。


 書き続ける。


 この渇きを、満たすために。


 いや、満たすためじゃない。


 この渇きと、共に生きるために。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る