第3話 フォーラムの呟き

 ──ようこそ、渇望の園へ。

 ルール:エロを追求せよ。最高の頂きは、欲の底にあり──。


 匿名たちの吐露。


 >>1:ボツ続きの兄貴分、エロ入れろ。俺も200回ボツったが、ヒロインの吐息描写一発でランキング1位。読者は肉欲で繋がる(マジで)。


 >>2:エロ匂わせでファンが爆増。法? くっ、忌々しい。全年齢でも「匂わせ」は合法だぞ。俺の作品、図書館に置かれてるし(自費出版だけど)。


 >>3:三大欲求を無視すんな。人間の弱点、突け。俺のヒロイン、ため息一つで神。でもリアルの俺は「ため息」しか出ない人生(悲)。


 >>4:童貞作家の皆、安心しろ。大抵の神は妄想でなる。ラノベ作家は声優と結婚? 俺なんてAIの嫁にすら「互換性がありません」って言われたわ(笑)。時代は残酷である。


 心臓が、ドクドクと鳴る。こいつら、俺と妹の鏡だ。拗れた言葉の裏に、創作の渇き。妹の影が、フォーラムに重なる。「クックック」と誰かのレスが笑う。


 いや、待て。この笑い方、妹のやつじゃないか?


 俺、書き込む。


 >>5:127回ボツ。妹に「100円ショップのプラスチック」って言われた。もう無理。どうすりゃいい?


 即返事。


 >>6:諦めるな。お前に必要なのは「渇き」だ。読者の渇き、ヒロインの渇き、お前自身の渇き。それを書け。エロスは、渇望の別名だ。


 渇き? 何を書けばいいんだ?


 >>7:例えば、ヒロインが「雨、嫌い」って呟くシーン。なぜ嫌いなのか? 濡れるから? それとも、もっと深い理由? 読者に想像させろ。答えを書くな。渇きを残せ。


 DMのベルが鳴る。妹から。


『お兄、フォーラム見てるでしょ? 私も見てるよ。クックック。で、言いたいことがある。お兄の文章、硬すぎ。もっと、読者の想像に委ねて。全部説明するな。余白を作れ。それが「匂わせ」ってやつ』


 待て。妹、フォーラムにいるのか? いや、それより──


『あと、エロスって、肉体じゃなくて、心の震えだから。ヒロインの吐息じゃなくて、ヒロインの「沈黙」を書いてみたら? 沈黙の方が、エロいこともあるよ』


 沈黙が、エロい?


 本当に拗れているな、俺の妹。でも、言ってることは……分かる気がする。


 指が、カタカタと動く。書き始める。


 ヒロイン:澪。


 黒髪。眠たげな目。めんどくさがり屋。でも──可愛い。


 雨宿り。距離が近い。彼女の呟き。「……雨、嫌い」。


 なぜ? 濡れるから? それとも──。


 答えは書かない。読者に委ねる。余白を残す。


 書く。没頭する。いや、没頭できない。指が止まり、スマホに手が伸びる。SNSを眺め、冷蔵庫をガチャリと開け、中身を確認し、バタンと閉める。何も変わらない中身をもう一度確認し、コーヒーをゴポゴポと淹れ、冷めるのを待ち、また淹れる。


 これは、エロなのか? エロスなのか? それとも、ただの日常? 分からない。でも書く。フォーラムの言葉が頭でグルグルと反響する。「先っぽだけそーっと」「ふんわりっと鼻をくすぐるように匂わせ」「吐息が耳にふーっと」。


 深夜三時。ようやく完成。


 タイトル:『めんどくさくて、可愛い君のため息』。文字数:8,247文字。

 ヒロイン:澪。黒髪。眠たげな目。めんどくさがり屋。でも──可愛い。

 あらすじ:雨宿り。距離が近い。彼女の呟き。「……雨、嫌い」。

      なぜ? 答えは書かない。余白を残す。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る