47.不思議な少女は金髪に目を向ける


 草原を越え、山を越え、谷を越え、ようやく辿り着いた場所は想像を絶する広い世界だった。


 見渡す限り景色が広がっている。そして幻覚なのか、遠くに街のようなものが見えた。否、それは気のせいではない。ロロたちもその一点を見つめていたからだ。


「では、私たちはここで失礼する。邪魔したな」


「何だ、もう行くのか?」


「散々、嫌がってたじゃないか。何を今さら……?」


 ロロの返しにエドワードは首を傾げた。彼等とは道中あまり話すことはなかった。元々、エドワード自体があまり話さないのだ。だからといって少しの間旅をしたのだから、全く何も感情が動かないということはない。


「うーん、ソラたちと離れるのは残念だけどしょうがないね。きっとまた会うよ。じゃあーね、ソラ!」


 ラーフラは名残惜しそうにしていたが、エドワードたちは街に歩いていった。それなら一緒に行った方がいいのではと思ったが、口には出さなかった。どのみち、もうかなり先まで進んでいってしまった。今さら呼び止めるのは無理だし、彼等の方が先に街に着くだろう。


「行っちゃったね」


「なぁ、あの街本当に大丈夫なのか?」


「たぶん……。とりあえず行ってみよう」


 何も情報はないが進むしかない。


 草原の果てに、それはまるで蜃気楼のように浮かんでいた。見渡す限りの緑が風に揺れ、その中心にひとつの街がぽつりと佇んでいる。 石畳の道はどこからともなく伸び、土と草の匂いに包まれながら、静かに街へと続いていた。


 音もなく、ただ風と光とが、そこに人の営みを語っていた。


 近づくにつれ、草のざわめきが低く変わり、街の輪郭がはっきりと形をなす。無数の家々が肩を寄せ合っている。


 そして街が近づくにつれ、その街の奥に城があることが分かった。


 灰色の石で築かれた城壁は、長い歳月に風と雨の爪痕を刻まれてなお、なお堂々と空に向かってそびえている。塔の先端には朽ちかけた旗がひとひら、風に翻える。


 近づくほどに、人々の賑わいが感じ取れる。


 街は人でかなり賑わっていた。他にも街や村があるのかもしれない。種族は人間族が多いが、他にも獣人などがちらほら見受けられた。都より少し小さな規模の街だ。 


 カーデランを見てきたソラたちは、その光景にもう驚かなかった。


「へぇー、食べ物がたくさんありそうだな」


「ロロ、また食べ物のことばかり! ていうか、さっきから背負ってるそれは何?」 


 アーチェはロロが背負っているものに疑問を持ったようだ。そういえばアーチェはあのときのやり取りを見ていない。


「あぁ、これは途中で拾った紅竜の卵で――」


 ソラが説明しようとすると、それを遮るように小さな悲鳴が聞こえた。声の主は年端もいかない少女だ。


 その少女は、まるで絵本から抜け出してきたような姿をしていた。


 肩にかかる髪は淡い桃色。瞳は血のような深紅。それは燃える宝石のように強く、見る者の心を射抜くようだ。


 金糸で刺繍された外套の裾が床を滑り、彼女の細い指には、瞳の色と同じ赤い宝石の指輪が光る。


 少女はアーチェに素早く近寄った。顔が触れるぐらいの距離まで近づかれ、アーチェが少し後ろに仰け反る。少女はアーチェを穴が空くほど見ていたかと思うと、慌てて中央通りを走っていた。辺りで商売をしていた人たちは猪突猛進に走っていく彼女を慌てて避けている。


 彼女はアーチェの髪の色を食い入るように見ていた。一体、何だったんだろう。


「何だったんだ? あいつ、身なりからして王女か?」


「王女ってこんなところにいるものなの?」


 そうは言ってもエドワードという例があるので、何とも言えないが――。


「なぁ、あいつって誰だ?」


 ロロが近くを歩いていた若い男性の肩を掴むと、尋ねた。


「こらこら! 王女様にあいつなんて言っちゃ駄目だよ」


「何だ? やっぱり王女様なんだ」 


 アーチェがポツリと呟いた。彼の目がロロの背中で隠れていたアーチェに注がれる。その瞬間、彼の目の色が変わった。驚き、口を何度も平開させている。


「……! おい、あんた、それ生まれつきか?」


 男性の目はアーチェの金髪に釘付けだった。その瞳には信じられないという表情が浮かんでいた。アーチェは不思議そうに男性を見ていたが、答えた。


「そ、そうだけど……」


「あ、でも瞳は碧眼じゃないな。うーん、でもそれでも凄いなぁ」


 男性はまだ感心していた。金髪碧眼に何の意味があるのか分からないが、何やら大事な意味のようだ。ソラは彼から話を聞きたいと思った。


「あの何の話ですか?」


「ん? いやー、彼金髪だろ? 凄いと思ってね」


「金髪ぐらい普通だろ?」


 ロロが呆れたように言った。確かにソラの認識でも、金髪はそんなに珍しいものでもない。むしろよくある髪色ではないかと思う。


 アーチェの金髪は透き通っていて綺麗だとは思うが、そんなに目の色を変えて見るものだろうか。


「いや! 珍しいよ! 俺なんて生まれて初めて見たよー。いやー、いいものを見たな」


 彼はそう呟くと、笑いながら歩き去ってしまう。どうやらこちらでは金髪は珍しいようだ。環境や文化が違えばそんなこともあるのかもしれない。


「落ち着かないな」


 街の人々は徐々にアーチェの存在に気がつき始めた。ジロジロとこちらを見てくる。その視線を感じ、アーチェが居心地悪そうにした。


「どこか、飯屋に入ろうぜ。ここにいると見せ物みたいだ」


「そうだね。でも、お金は?」


 アーチェの言葉にロロは懐から革袋を取り出した。中からジャラジャラと音がする。


「ソダシからもらってきたんだよ」


「知らなかった。じゃあ、あの一番近いところにしよう」


 ロロの言葉にソラは驚きつつも、店を指差した。こう見られていてはソラたちも落ち着かない。ロロはそれよりも、ただ食べたいだけの気がするが、そんなことはどっちでもいい。


 飯屋に入ると、そこは定食屋だった。


 カラン、と戸口の鈴を鳴る。どこか時間がゆっくり流れているようだった。


 扉をくぐると、まず香ばしい匂いが鼻をくすぐる。焼き魚の香り、煮込んだシチューの匂い、そして何より、炊きたての米の湯気が優しく空気を包んでいた。 


 木の床は年季が入り、歩くたびに小さく軋む。だがその音すら、この家の一部のように心地よい。


 壁には旅人が置いていったお守りや古びた地図が飾られている。カウンターの奥では、ふくよかな女将が大鍋をかき混ぜながら、客の声に明るく返事をしていた。


 炉の上では鉄鍋がコトコトと音を立て、テーブルの上では客たちが笑いながらスープをすくう。


 窓際の席には、旅の吟遊詩人が古い竪琴をつま弾き、店の片隅では若い女性が何やら本を広げていた。


「いらっしゃ~い。おや、旅人かいね、そこのテーブルに座っていいからねー」


 女将の優しい声が店内に響く。彼女は一瞬、アーチェの金髪に目を向けたがすぐに目を戻した。客たちもちらほら見てくる者はいるが、街の中よりはマシだ。


 テーブルにはメニュー表が置かれている。ソラはそれを広げてみたが、何も読むことができなかった。それはソラが知らない文字で書かれたいた。


「ロロ、アーチェ。これ読める?」


「何これ? こんな字知らないや」


 アーチェが首を傾げた。ロロも卵をテーブルに置いて、それを黙ってみていたが、やがて口を開いた。


「……俺、読めるぞ」


「「え!」」


 ロロはメニュー表に目を通した。


「これはおむすびで、こっちはシチューかな? 多分、古語の一つだよ。俺もそんなに難しいのは読めないけど」


「ロロ、君は学校でも行ってたの?」


 学校。その言葉はソラも知っている。色々なことを教えてくれる学びの場ということしか知らないが――。


 カーデランの文字をロロは読めないと言っていた。


 しかし、ここの字は読めるようだ。言われてみると、カーデランよりも少し文字の形が違う。


「いや、俺んとこは個別だったから、学校には行ってないぜ。上の方におすすめってあるんだけどこれでいいか?」


「私はそれでいいよ」


「僕も」


 ロロが注文を済ませる。さらっとロロは凄いことを言っていた気がした。


 少しして、料理が運ばれてくる。ふわりと漂う香ばしい匂いに、思わず息を呑む。焼きたてのチキンステーキは黄金色に輝き、表面にはハーブの欠片が散っている。添えられた野菜は、近くの森で採れたばかりのものだろう。トマトの赤、カブの白、そしてほのかに甘い香りを放つ根菜のスープ。


 一口、チキンをかじる。


 外は香ばしく、内は驚くほど柔らかい。噛むたびに、肉汁に混じってハーブの香りが広がる。スープをひと匙すくえば、ほんのりとした塩気と野菜の甘みが身体の奥に染みていく。それは味覚がなくても美味しいと分かった。


「美味しいだろ?」


 ソラたちが料理に夢中になる様子を、笑顔で見守っていた女将が尋ねた。


「凄く上手いな。こんな上手いもの久しぶりに食べた」   


 ロロは感心したように言った。カーデランの料理も決して不味くはないようだったが、何分素材の味で勝負をしすぎているのだ。


「そうだろ、そうだろ」


「あんたはアーチェの金髪に何も言わないんだな?」


「お客の事情に口を出さないのがルールだからね。まぁ、気になりはするけど……。やっぱり珍しいからね。ほら、あんたたち! 見てんじゃないよ! 料理を見な!」


 女将が他の客たちに言葉を浴びせた。浴びせられた人々は慌てた様子で料理に夢中になる。適当に近くだからと選んだ店だったが、選択は正しかったようだ。


 ソラが残りの料理を食べようとすると、店の扉が勢いよく開いた。


 そこには後ろに兵士を引き連れた先ほどの王女がいた。


「そこの金髪! お城に来てもらいますわよ!」


 少女は高々に叫んだ。




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次回もよろしくお願いします。


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