第4話 お兄ちゃん
あれはぼくが小学生の低学年の頃だった。
ぼくには10歳上の兄がいて、当時彼は浪人生で家にいることが多かったので、よく外で遊んでもらっていた。
一応、姉に遊んでもらうこともあるにはあったのだけど。勝気な姉と生意気盛りの小学生ではカチ合うことも多く、ケンカして終了というのがいつものパターンだった。
一方、穏やかな性格でより歳の離れた兄とはそういったこともなく、苦笑いしながらも子供のワガママに付き合ってくれる兄と遊ぶのがぼくは大好きだった。
今にして思えばだけど。うちの父親の性格上、浪人生として自宅で過ごす1年間は兄にとってかなり居心地が悪かったのだろう。
だから兄としても、チビの相手をしている時間は受験勉強のストレス解消になっていたのかもしれない。
そんなある日のこと。
その日ぼくと兄は自宅隣の神社の境内で遊んでいた。
ぼくの実家には敷地を囲う塀や生垣がなかったため、隣接する神社とは地続きになっていた。
その神社には、30秒もあれば歩いて一周できる古いお社がひとつだけ。杉林の中で日当たりも悪く、人もあまり通らないちょっと薄気味悪い場所として知られていた。
とはいえ。ぼくにとっては物心ついたときから隣にあった、格好の遊び場だったのである。
で。その日ぼくらはそこで夢中になって「ボール当てっこ」をしていた。
ゴムボールを持った方が、逃げるもう片方を追ってボールをぶつける。ぶつけられたら攻守交替。ただそれだけの、終わりなき遊びだ。二人でやって何が面白いんだと言われると困ってしまうのだけど。
それでも。次第にヒートアップしてきて、ぼくらはお社の周囲をぐるぐると全力で駆け回りながら夢中になってボールをぶつけぶつけられして楽しんでいた。
逃げる時なんて、自然と声が出ていたかもしれない。「キャッキャッキャ」と。ほぼ猿である。ああ、もう戻らない少年の日々よ。
そしてそんな幸せな時間のさなかに、事件は起こった。
全力で逃げるぼく。
ボールを持った兄が全力で追う。
ぼくは逃げる。
そして角を曲がった所のぬかるみで足を滑らせる。
どうにかぼくはこらえたが、後ろに迫る兄は――
思い切りコケた。
その瞬間を、振り返ったぼくはハッキリと見た。
「ぶりーん」と滑った兄がそのまま後頭部を地面にしこたま打ち付ける瞬間を。
「ホンゲッ」みたいな奇妙な声を上げた兄は、それきり動かなくなった。
うお。お兄ちゃん、死んだ——
なんかエライことが起こったということは、幼いぼくにも理解できた。
そしてこうも思った。
「怒られる」と。
見なかったことにして帰ろうかとも思った。それでもぼくをその場に留めたのは、やはり兄弟の絆的な何かだったに違いない。
良く見れば、兄の手がわずかに動いていた。お兄ちゃん生きてた。
とはいえ。自宅はすぐそこでも子供が大人を運ぶのは難しい。そもそも動かして良いかどうかもわからない。となれば、母親を呼びに行くしかない。
ええ……やだな。
母親に露見したら
やっぱり逃げようかな。
それでもぼくは母親を呼びに走った。
「お母さん! お兄ちゃん死んだ!」
「ええ!?」
血相を変えて現場へと駆ける母。
いつの間にか兄は上体を起こしていたが、まだ1人で立ち上がるのは難しそうだ。
そこで、兄を横から支えながら立ち上がらせようとする母。
しかし兄よりずっと小柄なうえサンダルなので踏ん張りが効かない。
ぬかるみの上で滑り、一緒になって転倒する母と兄。泥だらけになりながら、立ちあがろうとしてはまた滑る、コケる。おおう。地獄だ。
がんばれ。がんばれ!
余談だけど、ぼくが後年どんなに落ち込んでいても「ローション相撲」という字面を見るだけでなんだか元気がでるようになったのは、このときのことが原体験になっているからだと思っている。
結局、病院に連れて行かれた兄は、軽い脳震盪ということで入院もせず帰ってきた。
そして兄は親父に「浪人生が子供と遊んでケガしてんじゃねえ」とか言いながら蹴っ飛ばされていた。ひでえ。
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