第8話 姫華ちゃんは見た!
家政婦は見た!っていうドラマが太古の昔に放送されていた。
内容はよく知らないけど、家政婦さんが殺人とか泥棒とか犯罪の決定的な瞬間を目撃して事件に巻き込まれてしまい、それを解決していくドラマだと思っている。たぶんだいたい合ってる。
それにしても難儀な話ではないか。ただ依頼された家事をこなしに行くだけだと思っていたら、そんな現場を目撃して巻き込まれてしまうなんて。コナン君にしてもそうだけど、行く先々でそんな目に遭ってはたまったものじゃないだろう。
だってなんにも、心の準備ができていないわけだし。家政婦さんは仕事をしに行くつもり、コナン君は遊びに行くつもり。事件に遭遇するつもりなんてまるでない。
それでも不慮の事態に遭遇してしまったときに、それにどう対処していくのか。そうゆうときにその人の持つ本質や、知恵や勇気といったものが試されるのだと思う。
そう考えると毎回、事件の解決に貢献している家政婦さんとコナン君は立派だ。とっさに頭が回りなおかつ機転が利く。散りばめられたヒントから犯人を探し当て、事件を解決へと導く。その姿のなんて輝かしいことか。
そうゆうものに、私もなりたかった。
夕方であっても人で賑わう土曜日のショッピングモール。化粧品が無くなりそうなのに気がついて自転車で十分くらいのところに買いに行くと、目撃してしまった。
高校生くらいの女の子と腕を組んで、仲睦まじく歩くマスオちゃん。
吹き抜けになっている一階の中央広場。ショッピングモールのマスコットである玉次郎という、がめつい顔をした巨大な招き猫の影に隠れて二人の様子を伺う。
なにしてんだ私と思うのに、どうゆう関係なのか確かめたくてたまらなかった。そうだ、これは学級委員の義務なのだ。担任教師が本物のエンコー教師になってしまうのを防ぐための、慈善活動なのだ。だからちょっとくらい怪しくて、ママーあのお姉ちゃんなにやってんの、と子どもに指さされてもしょうがない。
確かに怪しいだろう、玉次郎のお尻にコソコソ隠れるようにしている女子高生。だけどこれには、やむにやまれぬ乙女心な事情があるのだ。少年よ、いつかわかる日がくるぞというメッセージを込めて微笑みかけたら、お母さんに手を引かれていそいそと去っていった。
ショッピングモールの中なのに、冷たい風が私の周りに吹いているような感じがした。
さて、そんなことよりも二人の監視だ。
二人は広場に店を構える、期間限定で出店しているクレープの屋台に並んでいる。マリリンクレープという、軽井沢に本店があるクレープ屋さん。
この前、愛実たちと食べたけどむちゃくちゃ美味しかった。バター香る生地はもちもちしていて端っこの方はカリッとしていて、ちょっとお酒の香りのする生クリームは滑らかな舌触りと上品な甘さでパクパク食べられる絶品。これまで食べてきたクレープよりも、明らかにワンランク上。トッピングに選んだ完熟バナナとハニーナッツがまた美味しくて美味しくて、みんなで全種類を制覇しようぜと誓い合ったほどだった。
って、今はそんな美味しい思い出に浸っている場合じゃない。マスオちゃんと、少女Aの関係性を探らねばならない。
マスオちゃんは紺のピチピチのジーパンに、謎の柄プラス英字が丹念に描かれたTシャツという中学生みたいな出で立ち。私服にまではまだ魔の手が回っていないようだ。できれば早く回してほしい。私服もオシャレにしてあげてほしい。見るに耐えない。
少女Aは前下がりボブがよく似合う美形で笑顔が眩しい。笑ったときに見える歯並びがよくて真っ白ピカピカ。歯関係のCMみたいなスマイル。黒のキャロットパンツにみかんみたいな色合いのニットをさらりと着こなしている。私がよく服を買う量販店では見かけないような、上品で鮮やかな色合いのニット。あれはたぶんお高いやつだ。見るからにそうゆう質感をしている。
くそう、なんてこった、一見しただけでわかる、カースト上位女子特有の余裕を醸し出してやがる。
一方の今日の私はというと、膝のあたりがほつれだしたジーンズにグレーのスウェットパーカー。極めつけに足には中学のころに買ったやたらと紐の多いサンダル。やたらと多い紐のおかげで秋先の今でもちょっと温かくて素足でも履けるスグレモノ。これでいいや感の強いテキトウな私服。髪も軽く梳かしただけ。姿見でチェックすらしていない。だめだ、こんなんじゃ到底あの上位女子に太刀打ちできない。女子力が違いすぎる。
って、そんなことはどうでもいいんだ。今日はただの偵察なんだから。しかしちょっと小腹が空いてきた。たぶんマスオちゃんたち、クレープ買ったら広場に設置された丸テーブルで食べるはず。立食形式の、寄りかかって食べられる背の高いテーブル。
それなら私もクレープ食べちゃおう。腹が減っては偵察はできぬ、晩ご飯前だけど甘いものは別腹。と言う訳で私もクレープの列に並んだ。ターゲットとはカップルを一組挟んでいるからたぶん気が付かれることはない。
まあ万が一、気が付かれても偶然を装えばいいだけの話。女子高生が土曜日の夕方にクレープに並ぶなんてごく普通のことだ。何も不自然じゃない。むしろ並ばない女子高生がいたら見てみたい。いくらでもいるか、ダイエット中の子とか。
おっと、そんなことはどうでもいい。一組挟んだくらいの距離なら二人の会話を聞き取れるはず。
姫華ちゃんは昔から聴力に優れている。絶対音感とかそういうのではなくて、ただひたすら耳が良い。聞こえてないだろうし、どうせ意味もわからないだろうって油断して放った親戚の嫌味とか、全部聞き取ってしまうくらいに。
どういう意味だろって思ってすぐにネットで調べられるのってよくないと思う。辞書ならめんどいからいいやってなるけど、パパっと検索できちゃうのってほんとうによくない。あの言葉さえ調べなければ、あの人は今でもただの面白い親戚のおじちゃんって思えていたのになあ。
って自分でトラウマをほじくり返していたら、マスオちゃんと上位女子がクレープを注文している。時の流れのなんて早いことか。
「トッピングはどうしよっかなあ、ミックスベリーとチーズケーキでお願いします」
上位女子は一番人気のミックスベリーと食べやすいサイコロ状にカットされたチーズケーキの合わせ技。くそう、私も今日はミックスベリーにしようと思ってたのに先を越された。まあ、一緒に食べるわけじゃないから関係ないけど。
「えーと、僕はキャラメルナッツとマロングラッセでお願いします」
「どっちも茶色いトッピング、ウケる」
甘党のマスオちゃんらしいチョイスだ。しかも季節感を意識してなおかつ、上位女子と味の系統も被っていない。あーんってしあうのにはうってつけじゃないの、ちくしょう。
カップルなら絶対する。私ならしたい。所望する。クレープ交換したりあーんってしたい。見せつけられるのか、私。見せつけられてしまうのか、マスオちゃんのあーんを。口元についたクリームを指で拭われるマスオちゃんを、この目にしてしまうのか。くうっ、歯がゆい!
「あれ、押野さん」
「ふぇっ?」
妄想して歯噛みしていたら、マスオちゃんと上位女子がすぐ隣に立っていた。
「偶然ですね」
「ひゃっ、ひゃい、そうですね。本日はお日柄もよろしく」
気が動転して時候の挨拶みたいなのが口から出てきた。私は家政婦にもコナン君にもなれそうにない。
「えっ、ええ、見事な秋晴れですね」
「マスオにい、誰この子?」
「ああ、僕のクラスの学級委員をしてくれている押野姫華さん。とてもしっかりしてて、頼りになる生徒だよ」
ごめんなさい、しっかり先生をストーキングしようとしていました。
「ふーん、この子がねえ」
あっ、めっちゃ値踏みする目で見られてる。足元見られてる。やめて、お願いだから。やたらと紐が多いサンダルとか、膝のほつれ具合とかチェックして鼻で笑うのやめて。
というかこの子、マスオちゃんのことマスオにいって呼んでなかった。にいって、たぶんお兄ちゃん的な意味合いだよね。
「あっ、紹介が遅れました。押野さん。この子はいとこの波野妙子です」
「えっ、タイコさん!?やだっ、苗字まで波野って完ぺきじゃん!」
あまり知られていないがノリスケさん一家の苗字は波野だ。タイコさんの正式名称は波野タイコ。マスオちゃんのせいで公式ホームページを見たので、サザエさんにはすっかり詳しくなってしまった。
「シャラップ!タイコじゃなくてタ・エ・コ!今度タイコって呼んだら殺すから」
「えっ、はい。ごめんなしゃい」
何このいとこちゃん、超こわい。初対面なのに堂々と中指突き立ててくる。
「こら妙子、そのジェスチャーはやめなさい」
タイコさん、じゃなくて妙子はふんと鼻を鳴らしてクレープを食べている。クリームたっぷりのクレープなのに、口元を一切白く汚していない。なんだこの子は、特殊な訓練でも積んでいるのか。それとも美少女は口にクリームがつかないものなのか。そうゆうバリアが生まれつき搭載されているのか。
「すいません、押野さん。妙子はアメリカからの帰国子女で先週日本に戻ってきたばっかりで、まだ時差ボケのような状態なんです」
「あっ、それでそんなに」
さっきの中指はアメリカ仕込みだったんだと納得。
「そんなになによ」
「いえっ、可愛いいなあって思って」
睨まれてあっさりおべんちゃらを並べてしまう自分が憎い。ちくしょう、言いたいことも言えないこんな世の中じゃPOISONだ。
というか先週ってことは、マスオちゃんがオシャレに目覚めた時期と合致している。ひょっとしたらマスオちゃん、この子に魔改造されていたのでは。ありそう、この子ならズケズケとダサい!って怒りそうだし。
「妙子は来週からハルモニアの一年生に編入されるので、校内で見かけたら仲良くしてやってください」
「ちょっとマスオにい、余計なお世話なんですけど」
「はあ、わかりました、って後輩っ!?」
あまりの驚きに声が裏返って、カラオケでこのハイトーンが出せたならと悔やむくらい綺麗な高音が出た。背も態度も私より大きいから、てっきり同学年か年上だと思ってた。
「なに、なんか文句あんの、セ・ン・パ・イ?」
「ないです。よろしくお願いします」
思わず敬語になってしまうくらいガンつけられた。
どうしよう、こんなのと遭遇すると思ったら月曜日が憂うつになってきた。まだ土曜日なのに、サザエさん症候群だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます