結婚式当日に捨てられた男爵令嬢は王子に甘く溺愛される
星名柚花
01:悪夢の結婚式
今日は人生でいちばん幸せな日になる――私は本気で、そう思っていた。
身を包む真っ白なウェディングドレスは、幼い頃から憧れていた『幸せの象徴』。
肩に落ちる柔らかなレースは、私の幸せを祈って、お母様が手ずから編んでくれたもの。
ドレスの胸元を飾る華やかな花の刺繍は自分で施した。
お母様や針子と一緒になって花嫁衣裳を制作するのと同時に、私はダイエットも頑張った。「また走ってる」と使用人やお母様たちに呆れられても、花嫁衣裳を美しく着こなすために、毎日シビラ男爵邸の周囲を走り続けた。
エイモン・クルーエル様。
それが今日、正式に私の夫となるお方の名前。
一年前、社交界デビューを果たした夜会で私を見初めてくださったエイモン様は、古くから続くクルーエル辺境伯の一人息子だ。
このエスノリア国において、辺境伯は公爵と同等の権力を持っている。
まさか辺境伯の嫡男から求婚されるとは思わず、私は丁重にお断りした。
でも、エイモン様は毎日のようにシビラ男爵家を訪れ、愛を囁いた。
――どうしてそこまで私にこだわるのだろう?
困惑したけれど、貴女が好きだ、私の妻になるのは貴女しかいないとまで言われては受け入れるしかなかった。元より、男爵家が遥か格上の辺境伯の求婚を断れるはずもなかったのだ。
私より十歳年上のエイモン様は穏やかな物腰で私をエスコートし、脳が蕩けるほど甘い言葉を囁いてくれた。
家族以外の異性とほとんど交流の無かった私は、すぐに彼に夢中になった。
エイモン様の家は北の果てにあり、私の家は南のほうにある。
家が遠く離れているため、頻繁には会えなかったけれど、エイモン様は毎週欠かさず花や手紙を送ってくれた。
手紙の内容は日々の出来事を綴った、他愛のないもの。
でも、どんな些細なことであろうと、エイモン様のことを知るのは喜びだった。
私は一通一通丁寧に返事を書き、時には自ら刺繍を施したハンカチやスカーフを贈った。
手紙の交換をするたび、想いが募った。
そしてとうとう、今日の結婚式を迎えたのだ。
「とっても綺麗ですわ、フィオレット様」
栗色の髪をお下げにした侍女――ビッキーは胸の前で両手を合わせ、目を輝かせた。
私付きの侍女ではあるけれど、私にとってビッキーは姉のような存在だ。
「うん、よく似合ってる。でもなあ。まさか、フィーが十六になると同時に結婚してしまうなんてなあ」
エスノリア国では男女ともに十六になれば結婚できる。そして今日は、私の十六の誕生日だった。
「可愛い妹がこんなに早く嫁に行ってしまうなんて、思いもしなかったよ。兄としては寂しいが……幸せになるんだぞ」
黒髪青目のサリエルお兄様は、嬉しそうな寂しそうな、なんとも複雑な表情で微笑んだ。
「ありがとう、お兄様。私、きっと幸せになるわ。エイモン様となら、素敵な家庭を築けると思うの――」
「大変だ!!」
血相を変えて部屋に飛び込んできたのは、お父様だった。
「まあ、なんですのあなた。ノックもせずに――」
感極まった表情で私を眺めていたお母様は、お父様を軽く睨んだ。
「それどころではない!! クルーエル辺境伯とエイモン殿から書状が届いたのだ!!」
書状の文面は丁寧すぎてわかりにくかったが、要するに、身分差を理由に婚約を破棄したいとの内容だった。
「そんな……婚約破棄をなさるにしても、よりによって式の当日だなんて……招待客に何と説明すれば……」
「……信じられない。フィーを何だと思っているんだ……こんな仕打ち、あんまりだ」
書状を読んだお母様とお兄様は真っ青な顔で震えている。
「フィオレット。読んでみなさい。エイモン殿の手紙にはなんと書いてある?」
お父様は私に手紙を渡した。
私は震える手を操って封蝋を破り、封筒の中の便箋を開いた。
―――フィオレットへ。
私たちの婚約はこのまま進めることができないと判断した。
こんな形になってしまい、さぞ驚いているだろう。
だが、よく考えてみてほしい。
男爵家の娘が由緒正しい辺境伯家に嫁ぐなど、身の丈に合わぬ話だ。
君だってわかっていただろう?
私たちは住む世界が違うんだ。
心配はいらない。慰謝料は支払う。
男爵家には十分すぎる額だ。
存分に感謝して受け取ってくれ。
今後は互いのためにも、一切の連絡を控えてほしい。
分を弁えて、穏やかに身を引いてくれることを願っている。
では、さようなら。――
信じられない言葉の羅列が、脳内を駆け回る。
私の視界もグルグルと回り……そのまま倒れたのだった。
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