意識が高い大学生の周りはうさんくさい
@seiichi_120
第1話
誰もがぎこちなく話をする不思議な空間の中で、僕はそのぎこちない会話にすら参加することができていない。
立食形式ではあるが、端にわずかに用意された椅子にたまらず座る。そうして、別に見たくもないニュースサイトを見ながらこの二時間をどうやって過ごすかを必死で頭を巡らせる。
今いる場所は蔵前というなじみのない駅の近くの小さな雑居ビル。一階に主流ではない一派のキリスト教会が入っており、その横の階段を上って二階にあるレンタルルームだ。少し大きな会議室くらいの部屋に30〜40人は集まっているだろうか。
なぜそのような場所にいるかと言われると、要約すると浮かれていたからだ。
大学のオリエンテーションで一緒で、綺麗な子だなと思っていた山崎さんからいきなり連絡が来たときは素直にうれしかった。期待をしながらアプリを開くと、そこには「いろいろな大学の人と仲良くなる会」という不思議な文面が記載されており、どうやらそれに参加しないかと誘ってくれているらしい。
そんな謎の、いや内容はおそらく名前の通りなのだが、何のためにそんなことをするのかがよくわからない会に誘われてどうしようかと思ったが、ちょうど何のイベントも起きない大学生活に飽き始めていたこと、なにより女子にイベントに誘われたということがうれしく、一人でのこのことやってきたわけだ。
実際直前まではワクワクとしていた。そう、僕を誘った山崎さんから、用事があって彼女は遅れて参加するということを知らされるまでは。そうして、知らない場所で知り合いがいない状態で心細い、というのが今だ。
そのまま山崎さんが来るまで椅子に座っていようかとも思ったが、さすがにそれは参加費の3,000円がもったいない。それに観察していると自分以外の参加者も気心が知れた友人と会話をしているという雰囲気ではない、彼らと僕の違いは小さな勇気を出したかどうかなのだろう。自分も彼らと同じステージに行くために椅子から立ち上がった。
周りを見渡してまず目についたのは、二人組の男性だ。一人は僕と同い年くらいで縞柄のTシャツに七分丈のパンツをはいていて、よく見ると顔はかなり整っているが、眉毛と髪型が中学生のようで垢ぬけて見えない。もう一人は対照的にブルーのストライプのシャツを着て、顔の形に合った丸い眼鏡をかけた大人っぽい。穏やかに話をしており、声をかけやすそうな雰囲気がある。
ゆっくりと二人に近づくと、段々と二人の会話もはっきりと聞こえてくる。
「太一くんは聖書を読んだことある? 読んだことないなら是非一度は読んでみて欲しいんだ。僕たちの活動は…」
そのまま二人をスルーし、近くの机に並べられた軽食を選ぶフリをする。心臓がバクバクと鳴っている。
こっそり振り返ってみると、太一と呼ばれた縞柄のTシャツの男は困ったような表情で話を聞いていた。それに、今気づいたが、もう一人の男の手には聖書と書かれた分厚い本があった。名前しか知らない太一くんに同情をしながら、そっとその場を離れる。
今度はもう少し慎重に会場の中を見渡す。会場の中心で一際目立つ集団では、妙に雰囲気のある男と、その周囲でキラキラとした目で話を聞く人たちがいる。しかも、その男はアラブ地域の男性が着けるようなターバンをしており、周りの人間はその男の言葉の全てに反応して笑っていた。とても近づける雰囲気ではない。
その奥の併設されたキッチンでは、エプロンをした男が、カクテルを作っている。入り口で受付をしていた男だ。確かこの会の主催者だと言っていた。リキュールを混ぜ合わせる姿は様になっており、僕の目から見てもそれなりに見える。実際、あえて裏方に徹しようとしている彼の前で隙をうかがって話しかけようとする人間が何人かいた。あのあたりは僕はお呼びではないだろう。
もっと会場の隅に目をやる。すると、今度は不安そうに周りを見渡す一人の女の子を見つける。受付の近くにいるところを見ると、彼女はまだここに到着したばかりなのかも知れない。
スマホの画面と会場を交互に見る彼女は10分前の自分と重なる。その姿に親近感を覚えるとともに、彼女を一人にしておけないという気持ちが出てくる。
彼女に一声かけようと歩き出す。そうして二、三歩踏み出したところで、いつもの自分の悪いクセが顔を出してくる。わざわざ女の子に声をかけに行っている自分が周りにどう思われるのか、軽薄な奴だと冷めた視線を送られるのではないか。もう一度周りを見て、視線の先の女の子を見て、歩みが鈍くなる。そこでまた机の上の軽食に目をやる。神野が帰ってくる可能性を考えて、山崎さんが到着する可能性を考えて、払った3,000円のことを思い、そうしてやはりこのまま一人でここで過ごす方がつらいという結論に至って、先程の彼女の方を見ると、ちょうど二人組の男が話しかけるところだった。
一人でいる女性に声をかけるという、どう考えても軽薄に見えるその男達に話しかけられて、その女性は戸惑いながらもうれしそうな顔をする。その表情がかわいらしく、親近感を持っていた彼女は自分と違う生き物だったということを。
そして気づけば僕はまた、というかずっと、一人のままである。
しょうがないのでまた端にある椅子に唯一座っている男になった。山崎さんが来るまであと30分以上はあるし、これはもう気合いを入れてWeb小説でも読み始めようかと思ったところで、驚くべきことに自分の隣に人が座る。
「楽しんでる?」
関西弁のイントネーションの質問だが、一目見ただけで楽しんでいないことはわかると思うので、喧嘩を売られているのかと思って相手を見たが、やけに爽やかな笑顔の男が座っていたので怒りは急速に収まる。
はっきりとした二重で、その男が先程のターバンを着けていた男だと気づいたのはすぐ後だ。
「楽しいですよ、楽しすぎてWeb小説でも読もうしてます」
「なんていうやつ?」
「<理系の俺、プログラミングスキルで異世界を無双する>です」
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