第52話 「高熱王子と、冷蔵庫」1

 ドゴォォォォ!!


 郊外のスタジアムに、爆音が轟いた。

 マウンドに追い込んだ『巨大無銭』を、炎の柱が檻のように取り囲んでいる。

「オラァァァ! 燃え上がりなさいっ!」

 上空から見下ろすのは、企業系魔法少女フレイム・ローズ(井上香奈)。

 彼女は杖を掲げ、巨大な火球を生成していた。

「派手にやりすぎなんだよなぁ……」

 バックネット裏の席。黒ずくめの男――常闇(とこやみ)がつぶやいた。

 彼は組織の任務で、無銭のデータを収集に来ていたのだ。

 常闇が属する謎の組織。そのバックには巨大な軍事産業が存在し、無銭の能力を活用し来るべき気候変動に耐えうる人類の進化、さらには軍事利用を目論んでいる。

その研究成果の一つに、超人的な身体能力と闇を操る『常闇』、そして夢、幻を操る『光』がいる。

「これ以上のデータ収集は無理か。まあ、サンプルはギリギリ取れたし、いいか」

 常闇が席を立った、その瞬間。


 ズドン!!


 香奈が放った火球が『無銭』を消し飛ばし、その余波がバックネット裏を襲った。  観客席が炎に包まれる。

「……あぶねーな!」

 炎の遥か上空。常闇は空中に浮遊して難を逃れていた。

 さっさと帰ろうと踵を返すが――。

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

「げっ」

 炎を突き破り、香奈が飛んできた。

「アンタ、私が気付いてないとでも思った? そう簡単に帰すわけないでしょ!」

「マジで今日は急いでるんだ!」

 常闇はグラウンドに着地すると、背中から無数の触手を伸ばし、香奈の火球を弾き返しながら逃走を図る。

 スタジアムの壁を突き破り、住宅街上空へ。

「逃がさないわよ!」

「しつこい女は嫌われるぞ!」

「う、うるさいわね!」

 焦った香奈の手元が狂った。

 放った火球が大きくそれ、あろうことか地上の保育園へ向かって落下していく。園庭には園児たちの姿が。

「ヤバい!」

 香奈の顔色が蒼白になる。間に合わない。

「――バカヤロウ!」

 常闇が叫んだ。

 彼は逃走を止め、瞬時に触手を極限まで伸ばした。

 黒い触手がネットのように広がり、火球を受け止める。


 ドォン!


 爆発は防いだが、無理な体勢で衝撃を受け止めた常闇はバランスを崩した。

 彼はそのまま、コントロールを失って落下していった。


***


 同時刻。学校の屋上。

「はぁ……大丈夫かな……」

 ミカは空を見上げてため息をついていた。

 光が学校に来なくなって3日。連絡先も家も知らない。

 「両親はいない」と言っていた彼が、一人で倒れているんじゃないか。そんな不安が胸をよぎる。

「ん? なんか黒い影が……」

 空から何かが降ってくる。段々と大きくなり――。


 ドスッ!!


「ぐえっ!?」

 ミカが押し潰された。

「ミカさん! 大丈夫ですか!?」

 一緒にいた山本が叫ぶ。

「イタタタ……な、なんなの? どきなさいよぉ!」

 ミカの上に乗っていたのは、ボロボロの常闇だった。

「す、すまない……」

 常闇がフラフラと立ち上がる。背中の触手からは煙が出ている。

「あ、常闇? なんで空から? てか焦げ臭いけど……」

「あ、あいつが……」

 常闇が指差す先。空から赤い影が降りてきた。

「さあ、これで終わりよ!」

 フレイム・ローズこと香奈だ。巨乳を揺らしながら杖に魔力を溜めている。

「待って! 学校の屋上で火の玉撃つなー! 牛女!」

 ミカが二人の間に割って入る。ダインもカバンから飛び出した。

「待たんか! 事情は知らんが、これ以上の戦闘は被害甚大だ!」

「チッ……」

 常闇が膝をつく。

「俺だって、今日は戦闘は避けたいんだ。急用がある」

「急用?」

「夢幻……いや、光が風邪で寝込んでるから、見舞いに行かないと……」

「「え?」」

 ミカと香奈の声が重なった。香奈は瞬時に変身を解き、常闇に詰め寄った。

「光が風邪って!? 具合は!? 大丈夫なの!?」

「イケメンくん、熱は!? 容態は!?」

 鬼気迫る女子二人の勢いに、S級能力者の常闇がタジタジになる。

「き、昨日の朝、熱が出て……38度って言ってた。ずっと寝てるって」

 ガシッ。

 ミカが常闇の胸ぐらを掴んだ。

「で、今はどうなの? 食事は取れてるの? 薬は?」

「た、多分……」

「『多分』じゃわかんないでしょ! 私たちもお見舞い行くよ!」

「常闇、アンタ案内しなさい!」

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