第34話 「尾行する聖女と激怒する貴公子」2

 ルナが、食べかけのバーガーを置いて立ち上がっていた。

「ルナ!? なんでここに?」

「た、たまたまよ……! 尾行してたとかじゃなくて、たまたまハンバーガーが食べたかっただけですわよ!」

 顔を真っ赤にして言い訳するルナに、ミカはニヤニヤした。

「ふーん? まあいいけど」

「い、いいから手伝いなさいよ! パーティ申請飛ばしますわよ!」

「りょ! ちゃんと報酬(山分け)払いなさいよね!」

 ミカのスマホに『パーティ申請』が届く。承認。

 これで戦える。

「「変身!!」」

 土煙舞う店内が、眩い光に包まれる。

 光が収まると、そこには二人の魔法少女が並び立っていた。

「魔法少女... ゴールド・マージョリー、見参!」

「魔法少女... ピュア・エンジェル!」

 店内に残っていたのは、彼女たちと、山本、光、そして巨大な『無銭』だけだ。

「わたくしが動きを止めます! その隙に!」

「りょ!」

 ルナが杖を振るう。

「『ホーリー・バインド』!」

 光の鎖が『無銭』の足に絡みつく。

 動きが止まった一瞬の隙を突き、ミカが高く跳躍した。

「砕けろぉぉぉ!」

 聖杖による脳天唐竹割り。

 ガギィィン!!

 しかし、Aランクの装甲は硬かった。

『ウルサイ……!』

『無銭』が腕を振るう。

 ただの裏拳だが、その衝撃波だけで二人は吹き飛ばされた。

「きゃああっ!」

「ぐっ……!」

 二人は壁に叩きつけられる。

 巻き込まれた山本と光も、テーブルごと転がった。

 強い。これまでの敵とは桁が違う。

『クワセロ……全部……』

 巨人が一歩踏み出す。

 その足元に、ある物が落ちていた。

 避難誘導の際に山本が落とした、あのアニメショップの紙袋だ。

「あっ……」

 山本が声を上げる。

 中には、彼が必死に探して手に入れた、限定グッズが入っている。

 『無銭』の巨大な足が、無慈悲に振り下ろされようとしていた。

「師匠の……大事なものが!」

 その瞬間。

 井嶋光が駆け出した。

「危ない!」

 ミカが叫ぶ。

 生身だ。しかも相手はAランクの怪物。踏まれればミンチになる。

 だが、光は止まらない。

 飛んでくる瓦礫を紙一重でかわし、スライディングで紙袋を抱え込む。

 直後、頭上から数トンの質量が迫る。

「ルナ! 防御魔法!」

「間に合いませんわ!」

 ズドォォォォン!!

 地響きが鳴り、床が陥没した。

 砂埃が舞い上がる。

「光……!」

 ミカが口元を押さえる。山本が蒼白になる。

 終わった。誰もがそう思った。

 だが。

「……おい」

 低い、地を這うような声が聞こえた。

 砂埃が晴れていく。

 そこには信じられない光景があった。

 『無銭』の巨大な足を、光が片手で支えていた。

 変身していない。生身の、ただの高校生の姿で。

 もう片方の手には、紙袋が抱えられている。

『ヌ……?』

『無銭』が困惑して力を込めるが、光の腕はビクともしない。

 光が顔を上げた。

 その美貌は、激しい怒りで歪んでいた。

「こんなに……汚しやがって……」

 店内に、ピリピリとした圧力が満ちる。

 それは魔力ではない。もっと純粋で、凶暴な殺気。

「師匠が……山本くんが、朝から並んで、やっと手に入れた限定版なんだぞ……! その箱の角が! 少し凹んだだろうがぁぁぁぁ!!」

 光の顔は怒りに満ちていた。。

「この、低級無銭がぁぁぁぁ!!」

 ドォォォォォン!!!

 光が腕を振り抜いた。

 ただそれだけの動作で発生した衝撃波が、『無銭』の巨体を天高く打ち上げた。  空中で『無銭』は霧散し、跡形もなく消滅した。

 シーン……。

 静寂が戻った店内に、ポテトの揚がる音だけが響いていた。

「ど、どういうことですの……?」

 ルナが口を開けたまま固まっている。

「あ……そういえば……アイツ、無銭を利用している謎組織の元幹部だったわ」

 ミカが乾いた笑いで手を叩いた。

「忘れてたけど、人間やめてるんだった」

 光は服の埃を払い、何事もなかったかのように山本へ歩み寄った。

「師匠……中身は無事だよ」

 爽やかな笑顔で紙袋を差し出す。

「い、井嶋くん……ありがとう……」

 山本は感動で目を潤ませていた。

「アナタ、なかなかやるじゃない!

 そこへルナが割って入った。

 彼女は光を(少しだけ)見直したような目で見ていた。

「山本様の素敵なところを理解し、命懸けで守るなんて……。その心意気だけは認めてあげますわ」

「そこ?」

 ミカがツッコむ。

「ですが!」

 ルナはビシッと光を指差した。

「山本様は渡しませんから! 悪しからず!」

「いや、師匠の一番の理解者は僕だ!」

 光も譲らない。二人の間に火花が散る。

 その中心で、山本は「いやあ……そんな」と照れている。

「……」

 ミカは天を仰いだ。

 Aランクの敵よりも、こいつらの関係の方がよっぽど厄介だ。

「ルナといい、光といい……なんで山本くんばっかモテるのよぉぉ!!」

 ミカの理不尽な絶叫が、半壊したファストフード店に虚しく木霊した。


『残高:-25,000円』

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