第14話 「幸福な悪夢と消えない赤字」1
深夜の公園。天野ミカは、変身を解いてベンチに座り込んだ。手にはコンビニの肉まん(120円)。これが今日の夕飯だ。
「お疲れ様です、ミカさん。今日の『ドブ掃除』と『野良使い魔の捕獲』、効率よく回れましたね」
隣で山本が缶コーヒーを差し出す。
「ありがと。……先は長いわね」
なかなかお金が貯まらない。それでも、ミカの表情はそこまで暗くない。
以前、魔法少女の報酬で父の誕生日に念願だったブランド物の革財布を父にプレゼントしていた。父のボロボロだった財布が、新品の輝く革財布に変わった時、父が見せた「泣き笑いのような顔」は、ミカにとって何よりの報酬だった。
(あんな顔されたら、文句言いながらでも働くしかないじゃん……)
「帰ろ。パパ、また残業かな」ミカは立ち上がり、家路についた。
***
「ただいまー」
玄関のドアを開ける。いつもなら、リビングからテレビの音や、父が晩酌をしている気配がするはずだった。しかし、家の中は真っ暗で、静まり返っていた。
「あれ?まだ帰ってないの?」ミカは靴を脱ぎ、リビングの電気をつけた。
「――ッ!?」
息を呑んだ。リビングの床に、父が倒れていた。
「パパ!?」
ミカは駆け寄り、父の体を揺すった。
「パパ!ねえ!しっかりして!」
父はスーツ姿のまま、仰向けに倒れていた。外傷はない。呼吸もしている。ただ、その顔には、気味が悪いほど穏やかで、幸福そうな笑みが浮かんでいた。
そして、父の両手には、ミカがプレゼントしたあの革財布が、大事そうに握りしめられていた。
「なにこれ……どうなってんのよ……」
「ミカ、離れろ!」
スクールバッグからダインが飛び出す。
「この気配……ただの過労や病気じゃないぞ。『無銭』だ!」
「は?無銭?家の中に!?」ミカは周囲を見回すが、敵の姿はない。
「いや、これは……精神干渉(マインドハック)だ。強力な『無銭』の結界が、この街全体を覆い始めている」
ダインが窓の外を睨む。窓の外、夜の街には、うっすらと黄金色の霧が立ち込めていた。
***
救急車で運ばれた病院は、野戦病院のような有様だった。ロビーには、ミカの父と同じように、「幸せそうな顔で昏睡した人々」が溢れかえっていた。
「原因不明の集団昏睡……?」
ミカは呆然と医師の説明を聞いた。
「ええ。身体的な異常は何もないんです。ただ、全員が『深い夢』の中にいて、起きようとしない」
病室のベッドで、父は相変わらず幸せそうに微笑みながら眠り続けている。その手から財布を離そうとすると、強い力で握り返された。まるで、夢の中で何かを手に入れたかのように。
「……ダイン。これは何?」
病院の屋上。ミカは低い声で尋ねた。
「奴らは『夢食い(ドリーム・イーター)』と呼ばれるタイプの無銭だ」
ダインの表情は険しい。
「人々に『理想の夢』を見せ、その代償として生命力(ライフ)を吸う。今の人間社会の『現実逃避願望』が生み出した、極めてタチの悪い怪物だ」
「現実逃避……」
「このままだと、父親は数日で衰弱死するぞ。夢の中で幸せに浸ったままな」
「……ふざけんな」
ミカは手すりを強く握りしめた。ギリギリと音がする。
「パパは……!毎日文句も言わず、地道に働いて……!あの財布だって嬉しそうに使ってくれてたのに……!」
プレゼントした時の父を思い出す。『これに見合う男になるよ』と言って笑っていた。
それを、「現実逃避」などという甘い罠で踏みにじる。地道な努力を、安っぽい夢で上書きする。それは、リアリストであるミカが、最も許せないことだった。
「おい、ダインタソ。そいつの親玉はどこにいるの」
「……気配の発生源は、池袋のサンシャイン通りだ。だがミカ、今回はこれまでの雑魚とは違う。おそらく、知性を持った『ネームド』クラスだぞ」
「関係ない」
ミカはスマホを取り出した。新しい依頼通知が来ていた。
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