第7話 「地道な仕事とプライスレスな拳」1

 夜。天野ミカは、くたびれた部屋着姿でリビングのソファに寝そべり、スマホをいじっていた。残高は【-40,500円】。見慣れた赤字に、深いため息が漏れる。

「ただいま」

 玄関から、ミカと同じくらいくたびれた声がした。父だ。

「おかえりー」

 ミカはスマホの画面から目を離さずに答える。父はコンビニの袋をガサガサさせながら、スーツの上着を脱いだ。

「ミカ。ケーキ買ってきたんだ。食べるか?」

「ケーキ?…別にいいや。アタシ風呂入ってくる」

「そ、そっか…」

 父の少し寂しそうな声を背中で聞き流し、ミカは脱衣所へ向かった。

 風呂から上がり、ベッドに横たわって再び『マジカリ』の依頼一覧を眺める。(地道に、か…)と父の言葉を思い出す。確か山本もダインも「地道」という言葉を使っていた。Eランクの依頼はどれも報酬が低い。

(…でも、やっぱ一発デカいの当てないと、ワキガ手術代なんて無理ゲー…)

 その日は、どの依頼も受ける気になれず、ミカはスマホを握りしめたまま寝落ちてしまった。

 翌朝。父はすでに出勤した後で、食卓はミカ一人だ。

 冷蔵庫を開けると、昨日父が買ってきた小さなショートケーキの箱と、メモが貼ってあった。

『ケーキ残ってるから食べて』

「ケーキ…」

 ミカはぼんやりとそれを見つめる。

「…………あ」

 血の気が引いた。

「……あーっ!!」

 何かを思い出したミカは、冷蔵庫を強く閉めると、慌てて『マジカリ』を立ち上げた。赤字だろうが何だろうが、金が要る。今すぐ。

 焦るミカの目に、一件の依頼が飛び込んできた。


【ランク:E】

【依頼:システムのバグ消去】

【内容:原因不明バグが増殖しているので駆除して欲しい】

【報酬:100,000円】


(これだ…!)

 昼休み。ミカは山本を屋上に呼び出していた。

「山本くんってオタクだからパソコン得意でしょ?絶対暗い部屋でカチャカチャやってる系だよね?」

「酷い偏見ですが…まあ、それなりには…」

「力を貸して欲しいの!お願いっ!」

 ミカの真剣な勢いに押され、山本はコクコクと頷く。

「い、いいですけど…」

「おーし!ポチッとな!」

 ミカは迷わず依頼受注ボタンをタップした。

(ピコン♪)

『報酬:100,000円 が魔力マネーとしてチャージされました』

『残高:59,500円』

(よっしゃ!これ全部現金化すれば、イケる!)

「こらあっ!勝手に依頼を受けるな!」

 ミカの背後で、煙と共にダインが現れた。

「また急に現れた…別にいいじゃん!」

「どうせ、金に目が眩んでロクでもない依頼を…」

 ダインは依頼内容を見て、少し黙った。

「…そういう訳でも、ないのか?」

「そうよ、地道に稼ぐの。しかもこれ、パソコンとかでしょ?山本くんいれば、魔法あんま使わないで済むかも!」

 満面の笑みで皮算用を語るミカ。

(コストゼロで10万…最強じゃん!)

「…わざわざ魔法少女に依頼してくるシステムバグだぞ。何かあるに決まってる」

 怪訝そうな顔をするダインをよそに、ミカは山本の肩を叩いた。

「まあ、細かいことはいいじゃん!明日、放課後ね!」

「は、はい!」

「…山本、本当にいいのか?」

 ダインがため息混じりに尋ねると、山本は目を輝かせて答えた。

「ゴールド・マージョリーに会える(かもしれない)なら、なんでもします!」

「はあ…どいつもこいつも…」

 ダインは頭を抱えた。

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