第5話 「推し活オタクと魔法のルール」1

「はぁー…マジありえない。赤字増えちゃったじゃん…」

 現在の収支、マイナス80,500円。

 JKにとって、いや、誰にとっても大金だ。昼休みのチャイムが遠くに聞こえる。天野ミカは、授業をサボって学校の屋上に寝転がり、雲一つない空を睨みつけていた。

(ワキガ手術代、夢のまた夢じゃん…)

 その時、屋上のドアが軋む音と共に、人の気配がした。

「ミ、ミカさん!」

「うわっ!びっくりした!山本じゃん、なんでここにいんの?」

「ミカさんの行動は、全て把握していますので」

「怖いから、そういうの」

「安心してください。変身前のミカさんには、一切興味ありませんから!」

「……それはそれで、地味にショックなんだけど」

 アンタ、魔法少女の件は、とミカが言いかけると、山本はブンブンと首を横に振った。

「大丈夫です。誰にも言いません。あぁ、ゴールド・マージョリー…あの神々しくも可憐なお姿、それはまさに…」

「あ、いや、もういいから」

 早口で語りだした山本の顔が赤く染まるのを見て、ミカは話題を遮った。

「で、なんか用?」

「あ、はい!この間の写真データを渡そうと思って!」

 山本隆(やまもと たかし)。ミカのクラスメイトであり、ミカの(赤字まみれの)初仕事の依頼主だ。一見すると、どこにでもいる人の良さそうな生徒だが、内気な性格とオタク趣味でクラスでは目立たない存在。

 そして今、彼の「一番の推し」は、自分を救ってくれた「魔法少女ゴールド・マージョリー」その人であった。

「あの、もしよろしければ、今度ゴールド・マージョリーをフィギュアにしようと思ってるんですけど…」

「ちょ、キモくない?作ってどうすんの?売るの?」

「いえ、具体的にはまだ…。あ、でも、売るなら…」

「もし売るなら、売上の50%は渡しなさいよね!」

「ご、50%ですか!まぁ、いいですけど…。では、身長、体重、スリーサイズ、あとコスチュームの寸法を…」

「身長は164センチで、体重が、ごじゅっ…ちょっと待て!体重はいらなくない!?」

 ミカは思わず顔を赤くして怒鳴った。

「ご、ごめんなさい!(…僕とあんまり変わらないんだな…)」

 山本は小声で何かを呟いた。

「しかし、なんで『無銭』って、渋谷とか池袋にばっかり現れるんですかね」

 山本がふと首を捻る。

「たぬきさんの話だと、『人々の「タダ乗りしたい」「楽したい」というネガティブな感情が具現化』みたいなこと言ってましたけど、それなら他の場所にも出てもおかしくないと思うんですが」

「たぬきではないと言ってるだろうが!」

 いつの間にか、フェンスの上でダインが毛づくろいをしていた。

「わっ!ダインタソ!いつの間に?キモいんですけど!」

「ネガティブな感情、欲望の類なら、そこら中にある。だが、特に多いのが東京の繁華街なんだ。しかし、最近になって不自然にそれらが集まりすぎるようになった。そのバランスの悪さが、貴様らの世界だけでなく、我輩の世界にも影響を与え始めている。それに対処するために生まれたのが魔法少女…って、聞いているのか!」

 ダインが世界の構造について深刻そうに語っている間、ミカはすっかり飽きて、金髪の毛先を指でいじっていた。

「んー?ネガティブな何かが東京に集まって、なんちゃらってとこまで聞いてた」

「あー、貴様はいつもそうだ!」

 ダインの説教が始まる前に、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る