第11話 輪廻の輪

後衛戦では、賢者アルカディウスが全力で高出力の魔法を連発していた。


第十三階梯魔法

──焔滅審判フレイム・ジャッジメント


天より下される審判の炎。

魔法陣が発動すると大気が震え、戦場の空を覆う紅蓮の雲が渦巻く。


雲の中心から降り注ぐのは、神々の怒りを具現化した灼熱の光柱。一度照射されれば、山脈すら灰に帰す凄まじい威力だった。


ルアが咄嗟に反応する!


第十三階梯魔法

──零界崩滅ゼロ・ディザスター


空が裂け、氷と炎が正面から激突した。衝撃波が大地を揺らし、地平線の果てまで轟く。炎は氷を焼き尽くそうとし、氷は炎を封じ込める。二つの力が拮抗することで天地は軋み、戦場全体が震動に包まれた。


やがて光と音は消え、ただの“無”だけが残る。熱も冷気も奪われ、世界が息を止めたように静まり返った。


後衛には、二つの影。どちらも倒れず、ただ立ち尽くしていた。


その瞬間、賢者アルカディウスはヘラクレスの死を認識した。


「ば、馬鹿な……」


信じられなかった。あのデミゴットが、人間に討たれるはずがないと盲信していたのだ。


焦りが彼を支配し、咄嗟に二つの魔法を発動する。


第十三階梯魔法

──岩槍嵐舞ストーン・ランス


大地が轟音と共に割れ、無数の岩槍が天を突き破る。


槍は逃げ場を与えぬ密度で飛び、鎧も肉も砕きながら戦場を赤く染め上げる魔法。岩槍が空気を裂くたび、周囲の風景は恐怖に包まれた。


続けざまに、賢者アルカディウスは視線を空に向ける。指先が天空を描くと、氷の気配が周囲の温度を瞬時に奪った。


第十三階梯魔法

──氷天落星グレイシャル・フォール


巨大な氷塊が空から降り注ぎ、戦場全体を砕き尽くす。


衝撃と冷気は周囲の生物を凍りつかせ、砂塵と氷の破片が暴風のように舞い上がる。


ルアは瞬間、岩槍と氷塊の隙間を縫い、双剣を抜き放つ。アクセルドライブ(スピードアップ)で速度を上げ、凶悪な障害を避けながら直進。刃に第十三階梯魔法を流し込み、賢者アルカディウスを狙い撃つ。


賢者アルカディウスは物理防御魔法を展開し、魔法の障壁で防ごうとする。だが、ルアの目には切筋が鮮明に見えていた。左の剣が魔法防御の切筋に斬り込み、紙のように切り裂くと魔法は空中で渦のようになって消えた。


そしてクルりと回転し、クロスの斬撃を放つと、賢者アルカディウスは胸から血を噴き出し、無念にも絶命した。


――――


勇者ゼファリオとゼロの戦いは、すでに最終局面へと突入していた。

空気が焼け、砂塵が渦巻く戦場。その中心で、二つの力がぶつかり合っている。


ゼロはこの戦いで、一つの実験を試みようとしていた。


龍人型の状態に、自身の本来の龍魔力すべてを流し込む新たな技。

それは制御不能の領域に踏み込む禁断の進化だった。


ゼロは両手の爪を鋭く伸ばし、剣のように変化させる。

勇者ゼファリオの剣技を受け止め、互角以上に渡り合っていた。


だが、アスラとルアの勝負が終わった瞬間──

何かが弾ける音がした。


ゼロの龍魔力が、爆ぜた。


「おい、勇者よ!ここからは、自分でも手をつけられなくなる。覚悟してくれよ。」


──龍人型

魔道龍ドラマギア


言葉と同時に、ゼロの周囲が黒く染まる。

彼の体の中心に龍魔力が凝縮し、髪が漆黒へと変色していく。

その体は三メートルを超える巨体にまで膨れ上がり、胸や腕、脚には鈍く光る鱗が覆い尽くす。

背からは黒炎をまとう龍翼が伸び、尻尾が地面を叩きつけるたび、石畳が砕けて爆ぜた。


その姿はもはや人ではない。

龍神の化身。


「──これが、我の真の力だ」


ゼロの声が轟き、戦場全体を震わせた。

ただの音ではない。声そのものが力を帯び、大地に波紋を走らせる。


勇者ゼファリオは、荒い息を吐きながらも立ち続けていた。


「クソッ、化け物が!」


二人の仲間を失い、心の奥ではすでに焦燥と怒りが渦巻いている。

仮にゼロを倒しても、ヘラクレスを斬った怪物がいる。

さらに、あの賢者を凌ぐ魔導師までもが敵にいる。


「女神の使命を信じて戦ってきた俺の人生はなんだったんだ……!」


叫びとともに、勇者の目に宿る光は怒りと絶望が入り混じったものへと変わる。

その前方には、龍神と化したゼロが、獰猛な笑みを浮かべて立っていた。


「くっそ!こうなったら最強の剣技で斬る!」


勇者ゼファリオが柄を強く握り、全魔力を剣に流し込む。


──六聖剣技十線。

電光裂撃エレクトリック・スラッシュ


「うおおおおおっ!!!」


一閃。

光が走るより早く、斬撃が放たれた。


目にも止まらぬ速さ──否、それは雷そのものが剣となったかのような神速の一撃。


空間が裂け、雷鳴が轟く。

ゼロの体を複数の斬光が駆け抜け、鱗が飛び散る。


だが、ゼロは膝をつかない。

痛みの感覚が、逆に意識を鮮明に戻していく。

己の血が燃えるように感じる。


「……ははっ、やるじゃねぇか」


ゼロは勇者の剣先を右手で掴み取った。

ギリギリ、と鉄が軋む。

そのまま、剣ごと勇者を地面に叩きつける。

地面が爆発的に砕け、砂煙が舞い上がった。


そして、ゼロの口がゆっくりと開く。


──龍炎息ドラゴンブレス!!


紅蓮の光がほとばしり、世界が焼けた。

勇者ゼファリオは即座に《イージス・シールド》を発動。

灼熱の奔流が盾にぶつかり、激しい爆風を巻き起こす。


ブレスは防がれたが、ゼロは止まらない。

胸の前で腕を交差させると、両腕の爪がさらに伸び、黄金の光を放った。

それは、龍の王族が持つとされる“真爪”。


「砕けろ!」


一撃、二撃、三撃、四撃──連撃。

《イージス・シールド》は軋み、ひび割れ、ついに砕け散った。

その瞬間、ゼロの尾が唸りを上げ、勇者ゼファリオの腹部を貫く。

血飛沫が散り、勇者は後退した。


そこにアスラが歩み出る。


「戦闘中ごめんな、ゼロ。こいつに、どうしても聞きたいことがあってな。」


勇者ゼファリオは、もはやまともに立つこともできず、膝を震わせていた。


「女神アテナが、人族や魔族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族を意図的に殺しているというのは本当か?」


アスラの声は静かだが、底に冷たい怒りが宿っていた。


「その通りだ……世界の均衡を保つために……必要なことらしい……」


アスラの血が沸騰しそうになる。


「ありがとう。他に何か言ってなかったか?」


「“輪廻の輪は止めてはならない”……って、よく言ってたな……意味は……よくわからんが……」


勇者の腹からは大量の血が流れ続けていた。


「腹の傷、大丈夫か?」


アスラの最後の問いかけに、勇者は苦笑した。


「ああ、なんとかって状……」



その瞬間。

アスラの剣が閃いた。

横一文字の斬撃が走り、勇者ゼファリオの首が宙を舞う。


沈黙。


風が吹き抜け、戦場に静寂が戻る。


アスラ、ゼロ、ルア──三人が再び集結する。


「みんなー!今日は本当にお疲れ様だよー、ありがとう。」


アスラは二人の肩を軽く叩いた。


「賢者さん、凄かった……!接近戦じゃなかったら勝てなかったよ。」


ルアは疲労の色を隠せず、息を整える。


ゼロは戦いを中断された不満を隠せず、鋭い目をしていた。


「ゼロとヘラクレスの戦いも見たかったよ。正直、勇者じゃもの足りないだろ?」


「ああ、そうだな……でも、心配は無用だ。次は本物の“神”が出てくるんだろ?」


ゼロの瞳が妖しく光る。


「ああ、間違いなく来る。」


アスラの声には疲労と、かすかな決意が滲んでいた。


その時、大気にヒビが走った。

最初は小さなひび割れ。だがそれは一瞬で拡大し、空そのものが砕け散る。


現れたのは──黒い空。

そして、上空をゆっくりと回転する黄金の帯。


世界が、息を呑んだ。


「多分あれが……輪廻の輪だな。」


アスラが空を見上げながら呟く。


「あれは直接壊すことはできないな……」


ゼロは腕を組み、破壊の手段を思案する。


ルアも空を見つめ、声を震わせた。


「あれ……魔法でも壊せないよ!本当に、壊さないとダメなの!?」


「女神アテナは、あれが壊れるのを恐れている。なら、壊してやらなきゃな。」


アスラの声に宿るのは、揺るぎない決意だった。


ルアは転移魔法陣を展開する。

魔法陣が光を放ち、三人の姿がゆっくりと包まれていく。


──世界の均衡を破壊するための、新たな戦いが始まろうとしていた


――――


アスラはヘラクレスとの戦いの後、深い闇の底に沈んでいた。


燃え尽き症候群とは違う、肉体も精神も削り取られた感覚。


暴れすぎた代償とも言えるその重さは、ベッドで横になり、魔法書をめくる日々に影を落としていた。

手に取ったページの文字は踊り、魔力の余韻が指先に残る。


だが、その感覚さえも、アスラは拒絶するように押し込めた。

──まだ、戦いは終わっていないのだ。


ゼロはその間も己の限界を試し続けていた。

魔導龍ドラマギアの龍魔力を上げる作業。


前回は全力の半分程度だったが、それでも全身に駆け抜ける力の奔流に心は昂ぶった。


龍の身体から迸る魔力の熱を、ゼロは全身で感じ、次なる段階への予感を胸に訓練を続ける。


「──この先は、もっと凄まじいんだろうな」


ゼロの瞳は、未来の戦いのビジョンで輝いていた。


一方、ルアは立ち止まっていた。

心の中で刃を研ぐように、理論と感覚をすり合わせる。

だが次の相手の想定は明確だ。


──これ以上、攻撃力を上げるには禁術しかない。

だが、魔力はまだ足りない。

ならば剣か──。だが、剣技だけでは、神を相手にどこまで通用するかも未知数だ。


ルアは手を見つめた。

指先に思い描く魔力の流れ。

人差し指に炎、中指に水、薬指に風、小指に土、親指に雷──五属性魔法を同時に展開したらどうなるだろう。

果たして、神の肉体に届くのか。


思案を重ねながら、ルアはアスラの部屋のドアをゆっくりと開けた。


「コンコン」


「……どした?」


アスラは寝返りを打ちながら、寝ぼけた声を漏らした。


「お休み中ごめんね、どうしても聞いておきたいことがあって」


ルアの瞳は真剣で、光が宿っている。

まるで炎のように揺らめき、言葉を待ち構えていた。


アスラはゆっくりと起き上がり、ルアを部屋に招き入れ、椅子を差し出す。


「それで、どうしたんだ?悩みでもあるのか?」


「うん、私にとっては深刻な悩み。次の戦い、私はどうすればいいと思う?今回以上の敵に与えられる攻撃方法がないの!」


ルアは俯き、指先を握りしめる。

胸の鼓動が暴れ、頭の中で戦術と魔法式が渦巻く。


「次の敵は間違いなく神だ。強さも桁違いだろう。だが、神にも弱点はある──それは闇だ」


アスラの声は低く、確信に満ちていた。


「闇魔法……それなら、第十五階梯闇魔法なら、効果はあるの?」


ルアは前のめりになり、声に期待を滲ませる。


「正直、第十五階梯闇魔法では効果は薄い。それなら、第二十階梯闇魔法禁術を使えば、間違いなくダメージが入る」


アスラの瞳が光る。

小さくニヤケた笑みを浮かべながら言った。


「え?禁術?私の魔力じゃ足らないよ!」


ルアは焦る。

全身が熱くなる。


「何のために今まで魔力を濃く圧縮させてきたと思ってるんだ?」


その言葉に、ルアの頭がはっとする。

魔力を濃く圧縮していたことを思い出す。


──そうだ、私の魔力は既に蓄えられている。

圧縮を緩めれば、禁術を使える魔力が手に入る!


「アスラ!ありがとう!何とかやってみる!」


ルアは立ち上がり、部屋を飛び出した。

足音が廊下に響き、未来の戦いへの意志が振動する。


アスラはベッドに座り、思考を巡らせる。

次の敵は誰だ?ヘラクレス以上の力を持つ存在──。

デミゴッド以上となると、もはや神そのものだ。


「間違いなく戦いの神だ」


アスラの口元に薄い笑みが浮かぶ。

だがその瞳には、緊迫した覚悟と計算が映る。

ラグナロクの一撃は届くのか──それもまだ、思考を休めることにした。


――――


──天界


「女神アテナ様、輪廻の輪の結界が砕かれましたが、いかが致しましょうか?世界は混乱しております」


アテナは落ち着いた声で答えた。


「放置でよい」


破られたものは仕方がない。

問題は、その破壊者をどう扱うかだ。

ヘラクレスですら打ち倒す相手──完全な誤算だった。

天界の神々は一瞬、息を呑み、空気が張り詰める。


「次はあの神にお願いしましょう。

最初からこのお方にお願いしておけばよかったのに」


微笑むアテナ。

その笑みに、慈愛と計算された狡猾さが同居する。

天界全体が、まるでその意思に呼応するかのように静かに震えた。


「天界の秩序は守るだけではない。

必要な時に動くのだ」


彼女の言葉は静かだが重く、神々の胸に深く響く。

光の柱が大広間を揺らし、空気が引き締まる。


神々の瞳は彼女に吸い寄せられるように注がれ、全員が放置と介入の均衡を見極める覚悟を固めた。


「この破壊者は想像を超える力を秘めている。油断するな」


アテナの微笑みの奥には、必要な時に力を示す天界の決意と、未知なる試練に立ち向かう覚悟が静かに宿っていた。

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