第8話 情報流出の疑い
探偵さんに叔父の調査依頼をしたころから、また無言電話が多くなってきて、優奈の誘拐未遂事件のあの光景が脳裏を過る。
―― そう言えば留守電の調査結果、片桐刑事から聞いてなかったな、無いってことは……ダメだった、か ――
無言電話の発生に合わせるかのように《土橋建設》の者だと名乗る営業マンが顔を見せるようになった。
「 今、その気は無いから帰って 」
毎回言うのだが、懲りないらしい。
盗聴器から、
「 毎日行け! 断られても行くのが営業だ! 」
と社長の怒鳴り声も毎日だ。―― うんざり ――
あまりにうざいので、
「 お宅の従業員の氏名、部署、性別、年齢、電話番号を書いた名簿頂戴。それと、村上の件に関わった人に印付けて下さい。それが、お話しを聞く条件です 」
受け入れられないだろう条件を出した。
翌朝、一番忙しい時間帯に営業マンがやって来る。
夫の支度の手伝いに優奈のお弁当にハンカチに……、「 忙しいから 」と手を休めず封筒だけ受取り追い返す。
出社してから名簿を広げると十頁もある。探偵さんに全ページをファクス。
仕事を取るためだったら社員の個人情報も関係ないって感じの会社なんだと思うと、一層拒否反応が強くなる。
「 その中の、関係者のアリバイを……はい、お願いします 」
探偵さんから確認の電話だった。
社長と担当者を除いて印の付いていた従業員は十名ほど、探偵さんの口ぶりから調査にそれほど時間を要さないだろうと勝手に思う。
夕方、一旦家に戻っていた私を土橋社長が訪ねてきた。葬儀に参列してくれたお礼を言ってから、
「 せっかく来ても、今、娘を迎えに行かないといけないので……すみません 」
遠慮がちに言ったのだが、
「 あぁそれなら、自分が車で送るよ 」
妙に馴れ馴れしい。 ―― 嫌いなタイプだわ ――
「 それは迷惑になるでしょうから結構です 」
準備の手を休めずに言う。
「 いや、わたしは暇だから大丈夫ですよ。気にしないで 」
―― 冗談じゃない。こっちが迷惑なのよ! ―― 強く思いながら、笑顔で、済まなさそうに、
「 すみません。もう出ますので 」
無理矢理相手のでかい身体を押しのけて、外へ出て、確り鍵を掛けて小走りに園へ向かう。
それでも諦めず、ずっと後をついて来る。
恐怖を感じ片桐刑事に助けを求める。
保育園で先生に事情を話して優奈と遊んでいると、園の外でうろうろしている土橋社長に片桐刑事が話し掛けている姿が目に止まる。
……
「 また来まーす 」
門のところで叫んで立ち去るときに見せた醜く歪めた顔は忘れられない。
マンションまでの道中、尾けてくる車も見えずホッとする。
優奈はパトカーの中で飛んだり跳ねたり、「 うーうーならして 」
と言うのはさすがに断られ、自分で、「 うーうー…… 」叫び続けておおはしゃぎ。
丁寧にお礼を言って家に入る。
夕飯支度前のひと時、ゆったりと座ってコーヒーを啜っていると、家の固定電話が騒ぐ。
また、―― 無言電話? 《土橋建設》? ―― と思いつつ、受話器を手にする。
受話器を取ると男性の声で、
「 村上さんの相続を担当することになった弁護士です 」
手続きの準備ができたので来て欲しいという話だ。
日曜日にしてもらう。
夜、夫にその話に加え《土橋建設》の社員名簿の件と社長の行動を監視するとことについて探偵さんとやり取りしたと伝える。
日曜日になって心配そうな顔をする夫に優奈を頼んで弁護士事務所へ向かう。
不安が無い訳じゃない。
―― 一緒に来て欲しいけど、なんでも一人でやらないとと決心したんだから、行かなきゃ ――
自分にそう言い聞かせながら、中心街のビル三階にある事務所目指して一段一段階段を上る。
事務所のドアをノックし、恐る恐るドアを開け覗き込んだ途端、叔父さんと土橋社長の姿が目に飛び込んできて驚いた。
「 どうして、土橋さんがいるんですか? 」
挨拶もせず叫ぶように言ってしまった。
「 色々手続きに協力してもらってんだ 」
答えたのは叔父。土橋はにやにやしてる。 ―― 気持悪っ ――
短時間すったもんだしたけど、
「 叔父さんも土橋がいることに同意しているから 」
と弁護士も言うし、渋々席に着く。
相続手続きについて型通りの説明があって、相続税と弁護士費用などを差し引いて預貯金を折半。不動産は、叔父が山の奥側三十ヘクタール、私は手前の住宅を含む二十ヘクタールという提案。
思い出の住宅を渡したくないと思っていたから、了解して署名捺印。
手続きが終わるや否や、土橋が私の傍に来て、
「 うちに売ってくれませんか? 」ときた。
近付かれると虫唾が走る。
「 相場よりかなり高く買いたいとご提案差し上げましたが、如何でしょうか? 」
私の隣に座ろうとするので、
「 私、提案されてませんし、売る気ないので失礼します 」
立ち上がろうとすると、叔父に肩を押されて座らされ、
「 まあまあ、和花ちゃん、そう急がず、提案を聞いてないなら、今、ちょうど社長がいるんだ、聞いて行きなさい 」
「 登記完了はいつ頃ですか? 」
私は叔父を無視して弁護士に向って言った。
「 三、四日でできるから持ってってやるよ 」
答えたのは叔父さん。
「 いえ、私、弁護士さんに聞いたんです。私は弁護士さん宛に委任状を書いたんです。叔父さんじゃ無いので口を挟まないでください 」
「 なんだとぉ、お前…… 」
土橋がヤクザみたいな言い方をするのでドキッとしたが叔父さんがなだめる。
……
それから一時間、全然帰してくれる気配が無い。
「 これじゃ、監禁じゃないですか。帰して下さい! 」
とまで言ったのだが、訳のわからない話を続けるので、
「 すみません。ちょっとトイレ 」
さすがに誰も、「 ダメ 」とは言わない。
個室に入ってすぐ片桐刑事に《SOS》発信。
たっぷり時間を潰してから部屋に戻ると、ほどなくパトカーのけたたましい音がビルの前で止まる。
何事だ? って顔をする三人。
ドアがノックされ、片桐刑事が来てくれた。
「 こちらの霞さんから、『監禁されてる』との通報があったので、みなさん署まで同行をお願いします 」
言葉は優しいが、見たこともない厳しい顔、誰も何も言えず肯く。
制服警官がぞろぞろ入ってきてふたりを両脇から抱えるように立たせる。
片桐刑事は弁護士にも署へと促す。
「 ありがとうございます。助かりました。いくら帰してと言っても聞いてくれないし、立とうとすると肩を押さえつけられるので、『トイレ』へ逃げて通報したんです 」
敢えて全員に聞こえるように言ってやる。
夫々口を尖らせ何かを言いたそうだけど、大人しくパトカーに乗せられて行った。
「 霞さんにも事情を聞きたいので一度署へきてもらえますか? 」
……
家に着いたのは夕飯時、夫が優奈の迎えと、できないなりにカレーを用意してくれていたらしい、ドアを開けた瞬間優奈が跳びついてくるのと同時に良い香り。
「 ただいま 」
夫が心配そうな顔をしたままなので、
「 大丈夫よ、相続の手続きだけ終わらせてきたわ 」
「 片桐さんが、監禁されてたって言うからどうしようかと思ってた 」
優奈と私に湯気を立ててるカレー皿を置きながら言う。
「 ごめん、心配させて、あーお腹空いたわぁ。食べてから話すわ、良いでしょう 」
食事中に片桐刑事から、
「 土橋社長に、『社員を含め霞一家に用件に関わらず二度と近づくな』と警告しておきました。万一姿を見せたその時は県の『迷惑防止条例』に違反した罪で逮捕する旨、弁護士にも伝えましたので、もう姿を見せないでしょう 」
と伝えられお礼を言う。夫にも話し肩の荷がひとつ下りた気がする。
その夜、探偵さんから、
「 霞さん、こっちで土橋社長を尾行することを誰かに言ったかな? 」
なんとも不思議な質問だと思った。
「 いえ、あの時私と主人しか家にはいなかったし、探偵さんとの電話は誰にも言ってませんよ。それがどうかしました? 」
「 申し訳ない。疑う様なことを……。実は、料亭に入った土橋を外で張ってた、あ、『張ってた』と言うのは、『張り込み』という意味ね 」
「 えぇそれはわかりますけど…… 」
不安な気持ちを掻き立てられる。
「 そう、実は酔っ払ったふたりの男に絡まれて、殴られたんだよ。『さっさと消えろ』とか言われてね 」
「 あらー、お怪我大丈夫なんですか? 」
「 それは大したこと無いし、慣れてるんで。妻だったら逆に叩きのめすんだけどね、はは 」
笑う余裕があるなら大丈夫かと少しはホッとする。
「 それで、その二人に何か? 」
「 えぇ、それなんだ。酔っ払いを少し尾行したんですよ、そうしたら角を曲がるとすたすた歩き出したんだ。つまり酔っ払いでは無かった、ということなんだ 」
「 で、どこへ行ったんですか? 」
「 それが、タクシーで逃げられ、追おうと手を上げるんだがつかまんなくて…… 」
「 そうですか、残念ですね。考えられるのは土橋の手下だということくらいかしら? 」
「 手下、ふふっ、ヤクザみたいだね。ま、実際、そういう連中との付き合いもあるみたいなんだよ 」
『ヤクザ』と聞いて相続手続きの時のことを思い出し、探偵さんに伝える。
「 じゃ、優奈ちゃんの誘拐未遂もその線かも知れないな。あの刑事に今の俺の話をしてもらえないかな、何か力になってくれるかもしれないし、ヤクザの情報を沢山持ってるはずだ 」
通話を切る前に札幌の事件で被害者の知人友人のなかに千歳へ行った人物はいなかったと伝えられた。
探偵さんの言った『尾行することを誰かに言いました?』という言葉が脳裏にドーンと響いていた。
―― こっちの情報が漏れてる? ……まさか、夫? 雄介がそんな、私を裏切るなんて ――
不安というものはじわじわ心の中に沁みるもの、と聞いたことがあるが、その通りだと思う。
―― でも何故? 突然弱腰になったことと、関係があるのかしら? ――
「 あー、やだやだ。私は雄介を信じる! 」
つい大きな声を出してしまい、
「 ママ、パパをしんじるの? ゆなもしんじる 」
私は優奈を抱きしめ、妙な疑いを吹き飛ばそうと頭を強く振った。
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