第3話 夫の魅力

「 まさか、和花は叔父さんを疑ってるのか? 」

身内を疑う私に驚きを見せる夫。無理もない話だが……。

「 いや、特にそうじゃないけど、落ち着かない感じがいつもと違うし、あなたに話を遮られた時のあの苦虫を潰したような顔。普通じゃなかったわよ。気付かなかった? 」

「 ああ、確かに変な顔するなーって思ったけど…… 」

「 けど、何? 」

「 記者の勘が、叔父さんは犯人じゃないって言ってるんだ 」

「 へー、それ、当たるの? 」

「 いや、あまり…… 」

夫は本気で言ったのか冗談だったのか、わからないけどがっかり。

「 なんだ。当たるって言って欲しかったなぁ 」

心の中では怪しい人第一号だけど、一方で、身内、まして祖父母が息子に殺されたなんて絶対に思いたくない。

「 はっきりさせよう。明日、あの引ったくりを連れてった刑事……名前なんてったっけ? 」

「 片桐刑事よ。片桐壮雄。記者なら一発で覚えなくっちゃ。ふふっ 」

「 そう、その刑事に相談してみる 」


 マンションに着いて玄関の鍵を……、「 ん? 鍵開いてる 」

夫と顔を見合わせ、そーっとドアを引く。

「 な、何これーっ! 」思わず叫んだ。

玄関を入ったところからリビングまで見渡せる範囲全部に足の踏み場が無いほど物が散乱していた。

「 和花、入らないで先ず警察を呼ぼう 」


 警察が室内を捜査したあと、

「 盗まれたものを確認してください 」

優奈が自分の部屋のあまりにも酷い荒らされ方に驚いたのだろう、いきなり泣き出した。

私も半泣きで優奈を慰めながら一緒にお片付けしつつ、あれこれチェック。

……

「 形見のカメラと業務用の《ハードディスク》が無いわ 」

「 俺の方は、抽斗に入れといた現金が盗まれた 」

室内に幾つか指紋が採取され、私らの指紋も取られる。ドア鍵にピッキングされた形跡があって鍵を取り換えた方が良いとのアドバイス。


 片桐刑事が来てくれて、

「 変だなぁ、ここ五階建ての二階で端から二軒目でしょう。普通の空巣なら一階を狙うし、屋上からなら最上階が狙われるケースが多いんですよ。霞さんを狙ったんじゃないかな 」

私は驚いて夫を見詰める。

「 そんな俺達が狙われるなんて、金有る訳じゃないし、資産家でもない…… 」

夫が言いかけて、

「 和花のお爺ちゃん達の事件と何か関係あるのかな? 」

とミステリードラマみたいなことを言う。

「 奥さんの祖父母の事件ってなんです? 」

「 三月にあった村上夫妻の強盗殺人事件ですよ 」

夫は、「 そんなことも知らないのか 」とでも言いたげな顔をする。

「 え、あの村上夫婦の強盗殺人って霞さんの祖父母? 」

と片桐刑事が眉をひそめる。

「 はい、和花の方のですけど 」と夫。

「 城跡公園での引ったくりもカメラでしたね。金の入ってるバッグじゃなかった…… 」

片桐刑事が腕組みをし唇を噛んで、無言で間をとり、

「 カメラで何かを写したんじゃ 」と続ける。

「 そりゃぁ、カメラですから 」私は真面目に答えたんだけど、

「 そういう意味じゃなくて、誰かの知られたくない場面を撮った、ということですよ 」

片桐刑事が夫と声を合わせて笑う。

「 あ、すみません。それなら、わかりますよ。パソコンに映像を保存してますから 」

私の顔から火が出る。

「 ひょっとして、村上の家にも写真を探しに押入ったのを、強盗に見せかけたんじゃ? 」

夫のその一言で片桐刑事の目の色が変る。


 写真を画面いっぱいに拡大して、

「 いつからの写真を見たら良いでしょう? 」

「 そうだねぇ、取り敢えずお正月からで良いんじゃないかな。行ったんですよね? 」

と片桐刑事。

僅か五か月分だが優に百枚は超える。

……

一時間以上かけて見たが、あれ? と思うようなものは無い。

お正月の写真には優奈を抱っこしにっこり微笑む祖父母の姿が沢山あって悲しみが込み上げてくる。

「 一応全部媒体に吐き出して、僕に貸してください。署でもっと拡大して見ます 」


「 特段気になるような写真はありませんでした 」

片桐刑事がそう言って来たのは二日後のちょうど優奈を保育園から連れ帰ったところだった。

お茶を勧めながら、

「 以前にもお話ししたと思うんですけど、《F建設》の社長さんも祖父母に山を売ってくれと言って来てたんですよね 」

「 え、《土橋建設》の話は叔父さんの話と一緒に聞きましたが、《F建設》というのは初めてお聞きしますよ 」

「 あ、そうでした。すみません。今、ふっと頭に浮かんだもんだから 」

すっかり言った気になっていた。

―― きっと、ショックで頭が混乱してたんだろうな ―― 


 片桐刑事と入れ違いに夫が帰って来て、その話をすると、

「 それは怪しいな。なぁ、こないだ公園であった探偵さんに、その会社というかお爺ちゃん達の殺害事件を含めて調べてもらおうか 」

「 でも、探偵ってお金かかるんじゃないの。そんなに余裕ないわよ 」

「 たぶん、今時一括じゃなくって、分割で調査料払うなんてのもあるんじゃないかな。ま、聞いてみて、和花が《OK》出したら頼む、ということでどうだ? 」

こういう風に私をぐいぐい引っ張っていくところが私には無い夫の魅力で、私はつい肯いてしまう。


 夫が電話で結構な時間やり取りし、

「 和花、大丈夫だ。最初の二月分として月三万の半年払、三カ月以降はひと月毎に五万円で、会社の調査と併せて事件の調査もしてくれるそうだよ 」

話は決まって、夕食を食べていると、

「 俺さ、会社を二、三日休んで、その《F建設》に潜入してみるかな 」

突然夫が言い出した。

「 え、いきなりどうしたの? 」

「 いや、探偵さんが潜入して情報収集するみたいな事言ってたからさ、俺もやった方が安上がりになるかもだろう? 」

「 その気持ちは嬉しいけど、危険じゃないの? 命狙われたり…… 」

「 ははは、そんな、ドラマじゃないんだから、探偵さんが、オリジナルの盗聴器とか盗撮カメラを貸してくれるんだって、家のパソコンでそこから聞こえる声とか映像を保存できるらしい 」

「 あ、あなた、もうさっきの電話で話を決めたのね。どうりで長電話だと思ったのよ……仕方ないわねぇ。でも編集長になんて言うのよ 」

ちょっと睨むと、にやっとして、

「 任せろ。明日、荷物が届くから、先ず社へ行ってから、《Y市クリーンセンター》の社長に頼み込んで掃除夫になって潜入だぁ 」

―― なんか、子供みたいにはしゃいで、遠足へでも行く気分なんじゃないかしら? ――

一抹の不安が過る。

「 その会社と何か関係あるの? 」

「 へへっ、昔さ、たまたま俺が仕事でその会社へ行ったときに、個人のロッカーで盗難事件があってさ、それを解決してやったんだ 」

自慢気に言う夫。

良く聞いたら、騒いだ張本人がトイレの高い位置にある棚に財布を置き忘れたっていうお間抜けな話。

「 それで恩着せがましくお願いするって訳ね 」

満面の笑みで肯く夫。 ―― 可愛い ―― と思ってしまう。


 翌日、早起きした夫はさっと朝食を食べ、いつも以上に優奈にちょっかいを出して怒られ、それでも笑顔で颯爽と出掛けて行った。

「 困ったパパねぇ 」

「 こまったパパでちゅねぇ 」

私の真似をする優奈もまた可愛い。思わず笑みが零れ、シャッターを切ってしまう。


 夜になるとパソコンを開いて耳にイヤホンを刺して盗聴内容を聞いているようだ。

「 だめだ、さっぱり良い会話しない 」

缶ビール片手に苛立ちを見せる夫に、

「 パパそんなにおこっちゃ、しわしわになっちゃうぞ 」

優奈のきつい一言に二人で大笑い。

しばらくは何ら情報を得ることができなかった。


 五月二十日になって、

「 和花、一緒に聞いてくれ 」

夕食の後かたずけと、優奈の明日の弁当のおかずを確保して、

「 何? 良い話きけた? 」

隣に座って、パソコンのスピーカーから《F建設》の社長室と応接室に仕掛けたという盗聴器からの声を聞く。

「 ……不正に手を出すなよ……山林は……なんだぞ…… 」

「 何ド素人みたいな……この不景気にどうや……命運が…… 」

雑音も入って《ラジコ》のように鮮明に聞こえる訳じゃないことがわかった。

……

「 相手の声、《土橋建設》の社長じゃないか? 」

「 え、私、話したこと無いもん 」

「 俺、葬儀の時とか挨拶したから 」

どうやら《土橋建設》の社長を《F建設》の社長が諫めているような話の流れだ。

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