心霊写真モデルは笑わない
岡 あい
第1話 私が写らない写真
「きゃー!
「いいねぇ、こっちにも視線ちょうだい!」
カシャッ……!
カシャッ!カシャッ……!
カメラのフラッシュが輝くたび、私の呼吸は止まる。緊張感を味わいながら、今できる最大限の〝美〟を追及する。まだまだ足りない。もっと。もっとできるはず。鏡の前で何度も練習したポージングを、表情を、今ここで発揮する。
鳴りやまないシャッター音。眩しいLEDライト。そして、私の気分を持ち上げるための煌びやかなお世辞の数々……。
彼らの期待に応えるために、私は今、全身の神経に集中している。指先一つ、表情筋一つが私の商品価値だから。1ミリの差が、ブレが、この仕事の結果を左右する。夢にまで見た機会を噛みしめながら、高鳴る鼓動を感じている。
──私、現役大学生モデルの
母に後押しされて始めたモデルのお仕事は、想像以上に華やかすぎて、自分には不向きだと思っていた。初めての撮影では上手く表現できず、家で泣きじゃくる始末。弱音を吐きながら、鏡の前で何度もポージングの練習をした。母は私を見て、「頑張り屋で表現者に向いている」と言ってくれた。努力が報われない日が続いても、母の言葉一つでめげずにいられたんだ……。
その後、私は皮肉な理由で大ブレイクを果たしてしまい、今ではあちこちのファッション誌や広告で引っ張りだこに。自信がないながらもストイックに自分を律して、完璧な自己管理とトレーニングに徹した。先生の教えを忠実に守り、実力でもモデルの道を駆け上がった。
今日もカメラマンはご機嫌な様子。彼の表情を見て私は安堵する。良かった、気に入ってもらえる仕事ができたかもしれない。終始笑顔のカメラマンは「こっちこっち」と手招きする。
「
あ……またこの時間だ。今回は何が待っているのだろう……? 呼吸が荒くなるのを抑え、カメラマンへ近づき、モニターをのぞき込んだ。
ぞわっ……っと。鳥肌が立つ、背中に何かが走る、叫びたくなる衝動に駆られる。
カメラマンは、渾身の一枚を見せてくれた。が、それを見た私の顔は引きつってしまう。ダメだ、ここは一緒に喜ぶ場面。決して嫌そうに振る舞っちゃいけない。
「あれ、
「すっすみません!写真の腕前がすごくて、驚いちゃいました……」
「へへっ。そう言ってもらえると嬉しいよ」
ねぇ。
あなたには、これがどう見えているの?
私の瞳に映る写真は、悲痛に顔を歪ませた灰色の肌の人間たちで、埋め尽くされている……。
ある者は顔をかきむしり皮膚がただれ、ある者は興奮のあまり目をかっぴらき、ある者は被写体ブレを起こすほど発狂していて……。
でも、おぞましい存在に怯えているのは、私一人だけ。他の人間には認識できないみたい。
──つまりこれは、私にだけに「視える」心霊写真。
何度視ても慣れない。慣れるはずがない。最初は一体だけだったのが、次第に写真に写り込む数が増え、ついには自分が見えないほどになってしまった。モデルなのに自分の姿が分からないなんて……皮肉にもほどがある。
霊が増えるたびに私の心は死んでいく。モデルというお仕事は、キラキラした憧れだった。それを、この霊たちがどす黒く染め上げていく。もう純粋に喜べない。でもモデル業には未練がある。相反する気持ちを抱えながら、異常な緊張感の中で撮影に挑む毎日だった。
「綺麗に撮ってくださり、本当にありがとうございます!」
いつから私は、思ってもないことを言うようになったのだろう。カメラマンさんへの感謝は偽りじゃない。でも、私の目には「綺麗」に映ってなどいない。けど、きっとこの人は、私のために全力で取り組んでくれたから、何かしないと申し訳が立たない。
そしてまた、嘘つきな自分が嫌になる。
「今日は……ありがとうございました!」
撮影が一通り終わり、スタッフの方々へ挨拶をする。皆が笑顔で返事をしてくれる。明るくて、優しくて、最高の現場だ。自分は人に恵まれている。なのに、世界を好きになれないのはなぜ?
ガチャッ……。
誰もいない楽屋に戻り、ダランと椅子に座る。長時間の撮影と、必要以上の緊張で、ヘトヘトになってしまった。今の自分ができる限界を出したつもり……きっと上手くいく……よね?
ふと鏡を眺めると、死んだ目をした自分が映っていた。覇気のない、希望もない、虚無に満たされた瞳。かつて憧れたモデル像とは違って、無愛想な女の顔。こんな様子でお世辞を言われたって、きっと嘘だとバレバレだろうね。
撮影中に褒めてくれる人たちも、心の底で何を思っているか分からなくて怖い……。私は「心霊写真が視える変な子」と思われないために、わざと平然と振る舞っている。でも、内心怯えながら撮影に挑んでいる。
「この空間には恐ろしい霊がひしめき合っているんだ」って。「今にも私の頬に触れているかもしれないんだ」って。
この気持ちは私の中に閉じ込めておかないと……。
モデルさんが帰った後、僕たちスタッフは何気ない雑談に花を咲かせていた。
「しかし、噂どおり物静かなモデルさんだったね」
若いのに落ち着きがあって、振る舞いも丁寧だった。それに仕事への意識の高さにも驚かされた。ついついカメラマンの僕も「全力でついていくぞ!」とスイッチが入る現場だったと感心している。
「笑わないミステリアス女子大生、でしたっけ?」
女性スタッフが楽しそうに答えた。そう、
でも少し、彼女の目に陰を感じたのは気のせいだろうか……?
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