暴走と牽制(バトルロイヤル開始)
暴走魔法士の先制攻撃
ルーク師範の開始の合図が響き渡るやいなや、カオスなバトルロイヤルは即座に始まりました。
最初に動いたのは、「暴走魔法士」メリッサでした。彼女の戦闘スタイルは、常に最大火力の全体攻撃で場を制圧すること。彼女は地面に巨大な魔法陣を展開し、ヒカリ、エリア、ジョシュア、そしてタマキの四人全てを巻き込もうとしました。
「さあ!最初は皆さん一緒に、ドカーンと行きましょうよ!」
メリッサの魔法は、発動すれば訓練場を半壊させるほどの威力を持つ、正真正銘の「暴走」の一撃です。
しかし、その暴走を最もよく知っている人物が、彼女の標的の中にいました。メリッサの魔法陣が完成する寸前、タマキが動きました。タマキは自身の体内に宿る膨大な魔力を圧縮し、メリッサに向かって精密な魔力弾を放ちます。
タマキの狙いは、メリッサの詠唱を妨害するのではなく、魔法陣を構築している魔力核(コア)の破壊でした。
「あかん!ここで全員巻き込まれたら、訓練どころやなくなるわ!」
タマキの放った魔力弾は、メリッサの放つ巨大な魔法陣の核に正確に命中します。
バシュン!
メリッサの魔法陣は、不発の火花を散らして一瞬で霧散しました。
「タマキさん!邪魔しないで下さいよ! 最初に落とすのは貴方って決めてたのに!」
メリッサは、攻撃を阻止されたことで、タマキに「最初に目をつけられた」と誤解し、子供のように大声で文句を言いました。
静観と牽制の応酬
メリッサの暴走がタマキによって阻止されたことで、戦闘は一時的に膠着します。残る三人は、この二人のやり取りを、冷静に分析する時間を得ました。
「ふふふ。タマキさんは相変わらず素早い判断ですわね」
エリアは優雅に笑い、詠唱を開始します。彼女の目的は、まず最も危険なアタッカーを排除すること。その視線は、再び魔力を練り始めたメリッサではなく、常に一撃必殺の脅威を持つヒカリに注がれていました。
「行くわよ、ヒカリさん!」
エリアはヒカリに向かって、風を圧縮した『エアロ・ブレード』を牽制として放ちました。
一方、「鋼鉄の盾」ジョシュアは、防御魔力を全身に展開しながら、五人の力関係を推し量っています。彼の目的は、最後まで残ること。そのためには、アタッカー同士が潰し合う状況が理想です。
「ヒカリ、エリア!俺を巻き込むなよ!」
ジョシュアは、防御と同時に、エリアの牽制に巻き込まれそうになったヒカリに向かって、微量の振動波を放ち、ヒカリの足元を不安定にさせました。これは、誰も傷つけずにヒカリをエリアの攻撃範囲に押し戻す、ジョシュアの堅実な『漁夫の利』を狙った牽制でした。
ヒカリは、ジョシュアの振動波で体勢を崩しながらも、刀を抜く寸前で動きを止めます。
「チッ……」
ヒカリは、エリアとジョシュアの冷静な牽制によって、メリッサを攻撃する機会を失いました。
訓練場は、メリッサの怒声とタマキの警戒、エリアの魔力、ジョシュアの振動、そしてヒカリの殺気が入り乱れる、まさにカオスな空間となりました。
この五人のシルバーランク総合バトルロイヤルは、ヒカリの目指す『平和の重荷を背負った最強の道』の、苛烈な始まりとなったのです。
時間稼ぎと挑発
ヒカリは、ジョシュアとエリアの的確な牽制によって、メリッサへの接近を阻まれました。この乱戦で必勝を期すには、一撃必殺の「居合斬り」のためのチャージ時間を稼ぐしかありません。ヒカリは刺突剣を鞘に戻し、訓練場を端から端へと逃げに徹し始めました。
「くそっ、動きが硬いっすね……」
逃走の最中、ヒカリはメリッサの暴走を
誘発し、場を乱すための挑発をエリアに仕掛けました。
「エリアさん!せっかくこんなに良い舞台なんすから、貴方の歌声が聴きたいですね!」
ヒカリは、エリアの歌が持つ魔力的な影響力を利用して、メリッサの魔力操作を乱す狙いでした。しかし、エリアは優雅に微笑み、その挑発に乗ることはありませんでした。
「あら、ごめんね、ヒカリさん。わたくしは、サシの勝負でしか歌わないの。このカオスロイヤルでは、遠慮させてもらうわよ」
エリアの冷静な拒否に、ヒカリは舌打ちを心の中で打ちました。
「仕方ないっすね」
予測されていた行動
ヒカリはすぐに思考を切り替えました。エリアの牽制魔法(エアロ・ブレード)が自分を追い詰めてくるタイミングを見計らい、敢えてその牽制に乗り、メリッサの近くへと避難するように動き出しました。
「エリアさんの牽制を利用して、メリッサさんを盾にしながら場を乱す!これしかねえ!」
ヒカリの意図は、メリッサの近くに寄ることで、エリアとジョシュアに攻撃を躊躇させ、メリッサに「ヒカリが自分を狙っている」と誤解させて、再度大規模な暴走攻撃を引き出すことでした。
しかし、そのヒカリの動きを、最も近くで見ていたタマキが即座に察知しました。
「ヒカリ!アンタの考えてる事、丸見えやで!」
タマキは、ヒカリが常に戦闘を合理化し、自分を含めた周囲の全員を利用しようとする傾向を熟知していました。
「させるわけないやろ!」
予測外の「重荷」
タマキは、魔術的な手段ではなく、物理的な行動に出ました。彼女は、ヒカリがメリッサに向かって加速している背後から飛びつき、その腕をヒカリの首に回して思い切り絞め上げました。
「ぐっ……タマキさん!?何してるんすか!」
ヒカリは、突然の『平和の重荷』による予想外の物理攻撃に動きを止められ、苦悶の声を上げました。
「うるさいわ!アンタを暴走のきっかけになんて絶対に使わせへん!」
ヒカリの逃走とタマキの拘束という、訓練の目的から完全に逸脱した光景に、ジョシュアとエリアは思わず動きを止めました。
しかし、このタマキの『予期せぬ乱入』こそが、メリッサの『暴走のスイッチ』を押してしまったのです。
「ちょっと!なんですか、そのイチャイチャした邪魔な光景は!タマキさんがヒカリさんだけを特別扱いしてる!ずるいですよ!」
純粋に訓練と勝負に集中していたメリッサにとって、タマキとヒカリの行為は、自分を無視した不正行為と映りました。彼女の顔は怒りと嫉妬に歪み、その魔力は一気に危険なレベルで膨れ上がります。
メリッサは再び両手を広げ、先ほどとは比べ物にならない巨大な魔法陣を、タマキとヒカリの二人だけを標的として、展開し始めたのでした。
集中砲火と地雷の罠
タマキの首を絞めるというヒカリの予測外の行動が、メリッサの嫉妬心と暴走を最大化させました。
「二人だけ許さないんだからね!」
メリッサが展開した巨大な魔法陣から、容赦のない連続爆撃が、抱き合う(ように見える)タマキとヒカリに襲い掛かります。同時に、状況を冷静に見極めていたエリアも、この最大の機会を逃さず、ヒカリとタマキに向けて魔力を込めた集中砲火を放ちました。
二人はなんとかその集中砲火を回避しましたが、回避した先の床には、メリッサが以前の戦闘で仕掛けていた時限式の地雷が設置されていました。
ドォン!
地雷が起動し、爆発します。この連携された攻撃に、タマキは自身の判断ミスを痛感しました。
「やっぱアンタだけは無闇に離しちゃダメやったわ!メリッサ!」
タマキは叫び、スピードスターの異名を持つ機動力を発揮し、次の爆撃が始まる前にメリッサへと突っ込みました。彼女の目的は、メリッサを無力化し、このカオスな状況を終わらせることです。
歌声の支配と騎士の行動
しかし、メリッサへと向かう移動の途中、タマキの耳に、優雅でありながら魔力的な支配力を秘めたエリアの歌声が届きました。エリアは、メリッサの暴走を助長させるため、ここぞとばかりに歌を使い始めたのです。
タマキの身体が急に固まってしまいました。スピードスターの機動力は、精度の高い音響魔術によって封じられたのです。
その時、メリッサの爆撃の連鎖が開始されます。動けないタマキに、複数の爆撃が迫りました。
「危ないっす!」
ヒカリは、動けないタマキの元へ最速で飛び込み、彼女の身体を横抱きにし、お姫様抱っこの形で爆撃の直撃を緊急回避しました。
爆風から逃れ、訓練場の隅に着地したヒカリは、タマキの顔を覗き込みました。
「大丈夫っすか、タマキさん」
タマキは、ヒカリに抱きかかえられた状態のまま、顔を真っ赤にして叫びました。
「馬鹿!なんで助けたん! このままメリッサを巻き込んで脱落すれば、あんたの居合斬りのチャージが間に合ったかも知れへんのに!」
ヒカリは、タマキの理詰めの非難に、照れたように目を逸らしました。
「どうしても、好きな人の傷付いた姿は見たくなくて。身体が咄嗟に動いたんすよ」
タマキは、ヒカリの直球すぎる愛情表現に硬直した身体を預けながら、顔をさらに真っ赤にしました。
「……馬鹿」
二人の脱落と最後の戦い
しかし、ヒカリの緊急回避の着地点は、最も堅実な男、ジョシュアの目の前でした。
「悪いが、二人ともアウトだ」
ジョシュアは、ヒカリの愛の行動を見届ける騎士のような眼差しでそう言うと、『シールド・プッシュ』という防御魔力を前面に押し出す技を放ちました。ヒカリはタマキを抱えたまま、その強烈な衝撃を受け止めきれず、二人の意識は一瞬で遠のいてしまいました。
そして、彼らが意識を失い落下する地点は、再びメリッサの地雷が設定される場所でした。
「あぶねえな!」
ジョシュアは、倒れた二人の身体を慌てて抱え上げ、場外で状況を見守っていたリーネ師範代の元へ預けました。
「リーネ師範代!一時的にこの二人を頼む!この惨状だと爆発の餌食になっちまう」
ジョシュアが二人のアタッカーを排除したことで、戦場に残ったのは、ジョシュア、エリア、メリッサの三人となりました。
この状況を見たメリッサは、すぐにジョシュアの巨大なシールドの影に隠れ、彼を防御壁として利用しながら、連鎖的な爆撃を再開しました。
「ジョシュアさん!貴方が盾になってくれるなら、遠慮なく爆発させますよ!」
ジョシュアは、メリッサの爆撃連鎖を守りながら、エリアと対峙します。しかし、エリアは微笑みながら、先ほどタマキの動きを封じた音響魔術をさらに強化しました。
「ごめんなさいジョシュア、その鋼鉄の防御ごと私の兵隊になってもらうわ」
エリアの歌声が響き渡ると、ジョシュアの身体の動きが急に鈍り始めました。彼は、エリアの歌声による精神支配によって、メリッサの爆撃から身を守るどころか、エリアの意のままに動く駒へと変貌させられようとしていたのです。
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