村鍛治に転生したら、素材の声が聞こえたので一生使える道具を作ることにした

@gomaeee

第1話 村の工房に灯る火

金属を叩く乾いた音が、耳の奥に残っている。

 溶けた鉄の匂いも、手に染みついた油の感触も、確かにそこにあったはずだ。

 それなのに、目を開けると見知らぬ木の天井があった。


「……ここは?」


 体をゆっくり起こす。柔らかい藁の感触が背中に触れ、見渡した部屋は木造の簡素な造りだった。窓の外からは、鳥の声と、人の笑い声が聞こえる。

 どう見ても、俺の知っている日本ではない。


 記憶はある。

 町工場で金属を溶接し、加工し、納期が迫る中で最後の仕上げをしていた。

 ――そこまで思い出したところで、急に視界が白く染まった。

 たぶん、事故だ。原因までは思い出せないが、ここが病院でないのは確かだった。


「起きたの?」


 戸口から声がした。振り返ると、栗色の髪をした少女が立っていた。

 年は十六か十七。素朴な服装で、手には木の桶を抱えている。


「昨日、畑で倒れてるのを見つけたの。……どこから来たの?」


 答えようとして、言葉が口から出ないことに気づく。

 言語が違っていても不思議ではない、と覚悟した瞬間、意味が自然と理解できた。

 この世界の言葉が、まるで馴染んでいるように聞こえる。


「……助けてくれて、ありがとう。俺は――レオンでいい。」


「レオンね。私はミーナ。この村の生まれよ」


 ミーナと名乗った少女は、にこりと笑った。

 その笑顔が、この村が危険な場所ではないことを教えてくれた。


「ここは……どこなんだ?」


「ロワル村。この山のふもとの、小さな村よ。人も多くないけど、みんな仲良く暮らしてるわ」


 村。

 町工場と違い、空気が軽く、静かで、どこか懐かしい。


 立ち上がって外へ出ると、木造の家々が並び、手作りの石畳が細い道を作っていた。

 遠くに畑、その向こうに大きな森。

 どこも手仕事の跡が残ったままの、素朴な暮らしだ。


「そういえば……あなた、変な道具を持ってたわ」


 ミーナが差し出してきたのは、前世で使っていた作業手袋だった。

 少し焦げた跡が残り、溶接の痕跡がはっきりと残っている。


「懐かしいな……」


 その瞬間だった。

 ミーナの家の外壁――そこに掛けられた鍬に、淡い“青い筋”が走ったように見えた。


 ……なんだ?


 近づいてよく見ると、青い筋は木の柄を通り、鉄の部分では赤く濁っていた。

 見たことのない現象だ。

 だが目を凝らすと、それが“傷み”や“温度のムラ”のように見える。


「ミーナ、この鍬……使いづらくなかったか?」


「え? そうなのよ。最近、土に刺さりにくくて……よくわかったわね」


 視界に再び色が浮かぶ。

 内部の亀裂と、余計な不純物の滞りが“色で見える”。


 理解した。

 これは新しい力だ。

 金属加工の職人として積み上げた感覚が、形を変えてここにある。


「少し貸してくれないか。直せると思う」


「できるの?」


 ミーナは目を丸くしたが、俺にとっては馴染み深い工程だ。

 木の柄の湿気が偏り、刃の付け根に応力が集中している。

 このままでは、近いうちに折れる。


 外の空き地に持っていき、石を集めて簡単な台を作った。

 刃を軽く叩くと、音の響きがわずかに鈍い。

 色と音――二つの情報が一致する。


「ちょっと削って、角度を直すだけで使えるようになる」


 削る作業は簡単だった。

 石を使って刃を整え、付け根の力の流れを均一にする。

 色の濁りが薄れ、筋がまっすぐ通った瞬間、刃が蘇った感覚があった。


「すごい……! 本当に直ってる……!」


 ミーナが嬉しそうに鍬を握った。


「レオン……鍛治ができるの?」


「まあ、少しはな」


「少し、のレベルじゃないわよ! ねえ、この村、鍛治屋がいなくて困ってたの。もしよかったら……」


 ミーナが言いかけたところで、村の奥から声が飛んできた。


「ミーナ! 鍬は直ったのか!」


 屈強な男が駆け寄ってくる。村の農家だろう。

 ミーナが鍬を見せると、男は驚いたように眉を上げた。


「これは……見事だ。まるで新品みたいだ」


「レオンが直したの!」


「おお、あんたが……!」


 村人たちが次々と集まり、俺の手元を覗き込んだ。

 どうやら噂が一瞬で広がったらしい。


 そして、その中に混じっていた初老の男が、一歩前に出た。

 粗末な服だが、肩の飾り布が他の村人とは違う。

 村をまとめる立場の人間だと直感した。


「わしはエルン。村の代表のようなものだ」


 エルンは鍬をじっと見つめ、俺に向き直った。


「レオン殿。この村に……鍛治屋として残ってはもらえんか?」


 考える時間は必要なかった。

 この村の生活は、俺が知る世界よりもずっと不便で、改善の余地が山ほどある。

 前の世界でできなかった“ものづくりを根っこから支える暮らし”。

 ここならできる。


「わかった。しばらく……いや、出来る限りこの村の力になるよ」


 そう答えると、ミーナが嬉しそうに手を叩いた。

 エルンは深くうなずき、周りの村人も表情を緩ませる。


 その嬉しそうな顔を見た瞬間、胸の奥で静かに火が灯った。

 前の世界で何度も灯した工房の火と同じ温度。

 懐かしくて、温かい。


 ――転生した先がこの村で、本当によかった。


 ここから始めよう。

 一生使える道具を作れる、村の工房を。



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