8-1 ゴーレムVSサンドワーム
背低い老人が焼却隊の砦の門を潜る。
ノストラである。
こげ茶色のローブと杖。
歩幅はゆったり。
彼は中庭の真ん中で止まった。
余裕ある顔が辺りを観察する。
「あっちか」
迷いのない足取り。
重たい扉を開閉する音が響く。
そこは地下牢だった。
黴と埃のにおい。
砂っぽい空気。
物置きのにおいに、人の体臭が混ざっている。
「ノストラか? おお、よくわかったな、ここが」
地下牢に、豪商──キルヒム・ウォードゥリンの姿があった。
「弟がビアンカ様を見た言うとったでな」
ああ、と納得を漏らすキルヒム。
「少し離れた方がいい」
腰を上げたキルヒムへ下がるように言う。
ノストラは鉄格子の錠へ手の平をかざした。
瞬間、何かが起きた。
錠が破裂して壊れた。
「何をした」
キルヒムにもわからない。
何かがノストラの手から放たれたように見えた。
「急ごう。ビアンカ様が戻ってくる前に」
二人は地下牢を出た。
中庭へ上がり、久しぶりの日光に笑みをつくるキルヒム。
「車椅子があった。座りんさい、キルヒムや。疲弊しとるじゃろ」
「すまんな、いつも」
「よいよい」
鏡餅の体が車椅子へ座る。
ノストラが押した。
砦を出ながら、
「ボルトラはどうした、一緒じゃないのか」
「ちゃんとアパートに帰ってきよったよ。何やらビアンカ様にやられたと大騒ぎじゃったわい」
「マズいではないか。彼はいまもアパートに? 診てなくていいのか」
「いや、多分あれがそうじゃ」
砦を出たところでノストラが止まる。
街のゴーレムを指差した。
キルヒムが言葉を失う。
「なんだあれは……」
「ゴーレムとか言うんじゃろ? むかし寓話で見た。おそらくあれがボルトラじゃ」
「あれがボルトラ? 一体何があった」
「知らん。知らんでいい。港に船を準備してある。わしらは逃げよう。もうコロッセオも運営できんのじゃろう?」
「ビアンカ様にガサ入れされた」
「じゃあ無理じゃな。行こう」
「ボルトラを置いていくのか」
「弟はもう、駄目じゃ」
ノストラと車椅子が砦を離れてゆく。
*
『やっと会えた』
声がした。
多分、足元から。
でも足元にはサンドワームしかいない。
「もしかして……きみが声の人?」
ぼくはサンドワームに話しかけていた。
『きみ、じゃない、ベル』
「ベル?」
『それに人じゃない。わたしはサンドワーム』
「この間からずっとぼくに話しかけてのは、ベル?」
声が同じだ。
『そう。だってチヅル、全然名前を呼んでくれないんだもん。そんなことより、あいつでしょ、チヅルを傷つけるやつ』
サンドワームとぼく。
ぼくらの意識が目の前のゴーレムへ向いた。
『まずはあいつをどうにかしなくちゃ、でしょ?』
「街がめちゃくちゃだ」
『つかまって。体当たりする』
「え、体当たり?──」
とてつもない重力を感じた。
サンドワームが前進する。
ぼくの体が後ろへ引っ張られる。
足が離れない。
何で?
心臓が浮き上がる。
ジェットコースターに乗ったみたいに。
サンドワームが──ベルが、ゴーレムへぶつかった。
*
「なんですかあれは……」
ビアンカは立ち止まり、見上げた。
目を奪われた。
声を失った。
通常よりも大きなサンドワーム。
二倍はある。
その巨大な頭の上に、わずかに千鶴が見える。
「チヅルさん、あなたは……」
「隊長、ここを離れましょう。見上げてる場合じゃないっすよ」
パイロは身をかがめながらビアンカへ近づく。
辺りに腐敗が飛び散ってくる。
地面にしみ込むとそこから草花が生えた。
ある所では木が生えている。
「巻き添え食いますよ」
パイロがビアンカの袖を引いた。
二人が避難していく。
*
しぶとい。
ゴーレムが崩れない。
「ベル、待って。体当たりはいったんやめよう」
『え、どうして?』
「街の被害が拡大するだけだ」
ぼくの体が重力に耐えられない。
でも、体当たりしてもゴーレムの位置が少しずれるだけだ。
その度に足元の地形が変わる。
何か方法を考えないと……。
そう思っていたときだった。
ゴーレムの鎖骨──。
そこが目まぐるしく光った。
青い電撃。
それがプラズマみたいに無差別にやってくる。
「ベル、あれ!」
『ごめん、避けれない!』
ぼくらは電撃を一身に浴びた。
全身に激痛が走る。
「長くは戦ってられない」
体が痺れる。
どうにか喋れた。
『チヅル、詠唱して』
ベルの苦しそうな声。
「駄目だ。ぼくの技、範囲が狭すぎる」
『わたしの腐敗を貸すから、チヅルはいつも通り詠唱して』
「どういうこと?」
『チヅルが唱えて、わたしが技を出すの』
「そんなこと、できるの?」
『できる!』
ベルは自信満々だった。
そんなこと、本当にできるんだろうか。
でも何を唱えよう……。
青い電撃がまた見えた。
ゴーレムの鎖骨で光ってる。
そこへ丁度、緑色の
『チヅル、それ使って』
「わ、わかった。えっと……“【
サンドワームの大口が開く。
ベルの口から蜘蛛の巣状の赤い腐敗の粘液が飛び出した。
青い電撃が飛んでくる。
蜘蛛の巣に触れると拡散した。
一部被弾してしまう。
『痛っ──』
ベルが食らう。
ぼくは無事だった。
「ベル、また詠唱する。もう一回体当たりだ」
もう一度やってみよう。
『うん』
「“【
サンドワームの頭全体に腐敗の粘液がコーティングされる。
「ベル、行って!」
ベルが前進していく。
サンドワームの頭部。
それがゴーレムの鎖骨辺りへ直撃した。
振動と風圧でぼくの体が煽られる。
住宅展示場前のバルーン人形になった気分。
足首が折れそう。
『チヅル、見て』
ゴーレムの鎖骨まわりが崩れていく。
そこに何か見えた。
砂煙が晴れていく。
岩の中に埋まってる。
『誰かいる』
「あの人は……」
そこに、ボルトラさんの姿があった。
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