6-3 尋問
「パイロ、なんですかあの少年は」
「いや、それが……」
パイロが苦笑いする。
「どういうことか、あとで説明していただきますよ」
「はい、それはもう、はい……」
パイロは苦笑しつつ、ぺこぺこする。
「焼却隊、一応館内全域を消毒がてら焼却しなさい」
隊員たちが軍隊のように返事をする。
「担架を用意して。怪我人を砦の医務室へ」
すぐに担架が三つやってきた。
ウィケットと千鶴が運ばれてゆく。
「俺はいい。自分で歩ける」
パイロは隊員へ断った。
ビアンカがVIP席を見上げる。
「隊長!」
隊員がフィールドへ走ってくる。
「どうしましたか」
「裏路地で、キルヒム・ウォードゥリンらしき男を拘束しました。顔写真とも一致しています」
「よくやりました。砦の尋問室へ移送してください」
「は!」
*
ビアンカが尋問室の扉を勢いよく開けた。
すでにテーブルの向かいにキルヒムが着席している。
「おおー、これはこれは、ビアンカ様ではありませんか、お懐かしい」
「黙りなさい」
ビアンカの細目が睨む。
キルヒムは怯んだ。
「あなたのような猥雑な知り合いはいません」
ビアンカは立ったまま話をした。
「またまたー、ご冗談を。わたしですよ、キルヒムです。女王の料理人、第二世代の。よく稽古をつけてくださったではありませんか」
「このわたしが家畜に稽古などつけるわけがないでしょう」
「家畜……」
「ところで、随分と羽振りがいいようですね。あなたにこの商売のやり方を教えたのは誰ですか」
「はい?」
「おつむの弱いあなたがこのような興行を手配できるわけがありません。ボルトラでもないでしょう、あの女王陛下のストーカーの関心事ではありません。誰ですか」
キルヒムは雑巾を絞るような顔をした。
だがそのうち、すうっと穏やかになる。
苦笑いも消えた。
そして開き直るように、ビアンカを睨んだ。
キルヒムなりの険しい顔をした。
「ビアンカ様、むかしのようにビアンカ様と呼称させていただきますがね、われわれ第二世代のシェフは、われわれなりに苦汁をなめてきた」
「自己憐憫な自分語りを聞きに来たのではありません」
キルヒムが机を叩いた。
「わたしだってあのブッチャーどもを相手に、友人を失った。一緒に故郷から出てきた友人です。親しかった。大切でした。ウィケットやパイロだってそうでしょう。ボルトラだってそうだ。あなたもそうでは? 腐敗がわれわれから奪ったものは計り知れない。もう二度と友は戻ってきません」
「だから何だと言うのですか」
「われわれが取り返す番です。腐敗でもなんでも利用して、わたしは金持ちになってやる。そして友の分まで、友が生きていれば味わえたはずの甘い汁をすすってやる。腐敗の汁などすすりたくはない」
「堂々としたクズは嫌いではありませんが、あなたの場合、見てくれが悪い。誰に入れ知恵されたのか言いなさい」
「ミア様やヘクター様、ルーヴェル先生のように、女王陛下のお近くにいられたあなた方とは、苦汁の質が違うのです。あなたがたのはロマンだったでしょう。しかし、われわれはただ惨めでした。第二世代でも英雄アルディウス様と同じように、女王陛下が接してくださっていれば、また少し違ったかもしれませんがな。ロッケンフィールド兄弟、ウィケット、パイロもです……われわれの中に広がる腐敗は、あなたのそれとは性質が違う。あなたは同胞ではない」
尋問は続いた。
だがキルヒムは口を割らなかった。
そのうち愚痴で時間稼ぎをし始めた。
埒が明かないと判断し、ビアンカは尋問を中断。
キルヒムは地下牢へ一時投獄された。
*
数日後、目を覚ましたウィケットとパイロにも尋問がなされた。
「チヅルに関する詳しいことは、できればウィケットに聞いてください。それかチヅルが目を覚ましたあとにでも、本人から」
「珍しいですね。焼却隊の理念に背いてまで守ることですか」
「いや……ほんと言うと、あんまりあいつを知らないんです、おれ。フーリュネから来たらしいんですけどね、詳しいことは聞いてないというか」
パイロの言葉にやや嘘が混じっていることをビアンカは見抜いた。
だがそれ以上追及しなかった。
パイロの次はウィケットへ。
「またお会いできて幸栄です、ビアンカ様」
「様、は必要ありません。勇者教会に所属していた頃とは違います。いまは野良の焼却隊です」
「おれにとっては、いまでもビアンカ様です。変わりはない」
「好きにしてください。それで、彼は何者ですか」
「チヅルですか? できれば本人から聞いていただけませんか」
「パイロと同じことを言うのですね」
ビアンカは不貞腐れたように席に着く。
尋問室のテーブルに片肘をつく。
「尋問は苦手です」
「そうでしたね」
「われわれの目的は誰かを拘束することでも、尋問することでもありません。ただ腐敗を焼却することです」
「これだけは言えます」
ビアンカは片目でウィケットをちらっと見る。
「チヅルは、おれたちの救世主です」
*
知らない石の天井が見えた。
白いベッドに掛け布団。
どこかの医務室だろう。
部屋は石壁。
ガラス窓から日が差している。
首元までかかった布団を取る勇気がない。
鮮明じゃない。
けど覚えてる。
左手を見るのが怖い。
ちらっとめくった。
包帯が見えた。
厚みのある包帯。
ため息も出ない。
ため息なんかついたら、認めたのと同じだ。
シュレーディンガーの左手。
チョコレートは食べてみるまでわからない。
見るまではわからない。
でも動かしてるのに、動いてない……。
何も考えたくない。
しばらく、天井をじっと見ることにした。
*
赤いコートが三人、部屋に入ってきた。
ここは焼却隊の砦だと説明された。
左手の調子について聞かれた。
ぼくは答えなかった。
「ビアンカ様がお待ちだ」
説明はそれだけだった。
誰だ、ビアンカって。
歩かされ、医務室を出る。
足は無事だ。
廊下から中庭が見えた。
尋問室へ通された。
中で綺麗な女の人が待っていた。
赤いコート。
長い黒髪
細い、というより瞑ったような目つき。
白い肌。
テーブルを挟み、向き合った。
「左手の調子はいかがですか」
「無いものに調子とかあるんですか」
しばらく彼女は黙った。
ぼくをじっと見つめた。
「ウィケットが口を割りません。パイロはあなたに関する情報を知らないようです。ですからあなたに直接お聞きします。あなたは何者ですか?」
「千鶴……旭川千鶴です」
「アサヒカワ、チヅル? それがあなたの名前ですか。では次に」
「放っておいてもらえませんか」
いらいらする。
布団を出るとき左手を見てしまった。
気分が悪い。
日差しもいらつく。
視界が白っぽい。
「……疲れてるんです」
「心中お察しします。ですがそういうわけにはいきません」
右手から腐敗を出した。
左手からは……もう出なかった。
彼女が急にとんでもない動きをした。
どこからともなく刀を出して振った。
火が放物線を描いた。
部屋の中の気温が上がった。
ぼくは目を見開く。
右手の腐敗が焼けて消えていた。
「ウィケットから腐敗は制御できていると、その点のみ伺っています。その情報だけが、あなたを生かしているということを肝に銘じてください」
何が肝に銘じろだ。
どんどん腐敗を出してやった。
この部屋いっぱいに満たしてやろう。
でも彼女は刀を高速に振る。
出したそばから焼き切られた。
室内が焦げ臭い。
彼女は部屋と扉を開けて換気した。
「検査官に調べさせました。あなたが罹患していないことは理解しています。腐敗を生成できる点は脅威です。本来であれば速やかに処刑してしかるべしです」
「だったらすればいい」
腐敗を出す。
また焼き切られた。
「やめてください」
彼女は冷静な口調だった。
何回出してもすぐ斬られる。
火がいつかこの部屋の酸素を奪いそうだ。
またやったら、同じことをされた。
その繰り返し。
「やめてくださいと言っています、いつまで続けるつもりですか」
「あなたがバテるまで」
「わたしはこの重い刀を一時間振り続けても、水分補給しなくていいくらいにはバテません」
もうやめておいた。
「何なんですか……あなた誰ですか。パイロさんと同じ腐敗を焼却したい連中ですか、それともベルの町の人のように、ただ腐敗に怯える輩ですか、それともモイラ教団のような狂信者? それともあのコロッセオにいた腐敗で金儲けを企むクズですか。ぼくをどうしたいんですか」
黴菌扱いされ、この世界にきて腐敗してると言われ……。
命からがら逃げきった。
と思ったらすぐ拒絶。
町民たちからヤジを飛ばされる。
焼却隊に命を狙われる。
理解者に出会ったらと思えば狂信者。
その次はもっと酷い。
罹患者コロシアム。
最悪なものを見せられた。
左手も無くなった……。
「もう、うんざりなんですよ」
ぼくは睨んだ。
「ぼくを殺すんでしょ?」
「こちらが質問してもいないことをぺらぺらと、あなたがいま話せていることが答えでは? わたしはあなたと話がしたいのです。あなたが何者であるかについて」
「何者?」
「どうして腐敗を生成できるのですか」
「知りませんよ。ぼくが聞きたいくらいです。……前の世界では、ずっと黴菌扱いされてました。なのに、新しい世界に来ても、ぼくはまた同じように黴菌扱いされ続ける……どうしてなのか教えて欲しい」
「新しい世界?」
「ぼくは、勇者です」
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