6-1 切断

 コロッセオ。


 建物を包囲する複数の影があった。

 入場口から漏れ出す客の大群。

 大群に紛れ込む罹患者。

 ブッチャー。

 

 影たちの火炎放射器が火を吹く。

 群衆を無差別に焼いた。

 健康な者たちも巻き込まれた。

 悲鳴が上がるほど火は威力を強めていく。


「腐敗を逃がしてはなりません。一人残らず焼却するのです」


 おしとやかな女の声が命令する。

 軍隊のような複数の返事が入口に響いた。



*



 三つの残像が入り乱れる。

 ウィケットとパイロの姿が見えない。

 ボルトラの姿も。

 千鶴には三人の姿が見えない。


 剣が交わる瞬間だけ見える。

 フェンシングのような剣術。


「なぜ庇う」


 ボルトラが問う。

 パイロが「なぜ襲う」と返す。


「彼は何者かな」

「おまえに関係のない者だ」


 ウィケットが返す。


「そうは思わない」

「気にすんな。女王のストーカーでもやってろ」


 パイロが煽った。

 ボルトラの体から青い電撃が飛び出た。

 ウィケットとパイロが電流を浴び、吹き飛ばされる。

 背中から地面へ倒れた。地面を擦る。


「自信のない者はすぐ人を小馬鹿にするが、きみたちは自分の目的が果たせているのか。パイロは火遊び、ウィケットは虫取り、相変わらずだ」

「それがどうした」

「特効薬など愚行の極み。また女王陛下を裏切るつもりか」

「そういうの、狂信って言うんだぜ」


 パイロが立ち上がり姿を消す。


「待て、パイロ!」


 ウィケットが叫んだと同時にパイロが姿を現す。

 彼の剣先がボルトラの首筋に触れようしていた。


「招来せよ──“【死電アマデウス】”!」


 ボルトラの体から青い電撃が発せられる。

 パイロがもろに受けて吹き飛んだ。

 ウィケットがパイロの名を叫ぶ。


「次はきみだ、ウィケット」


 ボルトラの青い電撃が地面を這う。

 ウィケットへ襲いかかる。

 電撃が誰かに斬られた。

 千鶴だった。





「その剣……」


 ボルトラの目が細まる。


「どうして、その剣がこんなところにあるんだ。何故それを持っている? それは女王陛下が第一世代に下賜した記念剣だ。きみのようなおそらくラムの勇者の類であろうよそ者が持っていていいものではない」


 ボルトラは早口で言った。

 語気に怒りがたっぷり籠っている。


「またそれですか。蛇公に貰ったんです」

「おかしな物言いだ。ぼくが殺しました、とまるでそう言っているように聞こえる」

「不可抗力です」


 ボルトラの姿が消えた。

 またあれか。

 あの見えない動き。


「チヅル!」


 ウィケットさんの声がした。

 振り返って、すぐ宙に剣が見えた。

 ウィケットさんから剣を受け取った。

 瞬間、傍にボルトラが現れる。


「“【腐敗分身ドッペル】”──!」


 腐敗の分身が三体現れる。

 その一つがボルトラの振った刀身を受け止める。

 身代わりになった。


「よく受け止めた。で、これは何かな?」

「さあ」

「きみは何のリスクもなく力を使っている。なぜなら顔や腕、肌に腐敗の斑紋が見当たらないからだ。つまりラムの勇者で間違いない」

「だから?」

「リリーがまた呼んだのか」


 ボルトラが迫る。

 フェンシングみたいに剣を振ってくる。

 両手に構えた二本の剣をぼくは動かす。

 左手に蛇公の、右手にウィケットさんの剣。

 ボルトラの、この人の剣筋はまったく見えない。

 動きも。

 でもこの分身があればいける。


 ノストラとの戦闘でわかったことがある。

 この分身はぼくを守る。

 そのため、相手の攻撃を先読みして動くみたいだ。

 ぼくを襲う攻撃に体当たりするんだ。

 つまりこの分身の動くところに剣を置けばいい。


「よく見切った」


 ボルトラの剣とぼくの剣が交わった。

 分身を挟んで。

 その要領で何度も剣を受け止める。

 でもこの人の剣、錆びない。

 また例の特殊な銀か。


「何か違和感があるな。何だろ……きみ、ぼくの剣を見切ってるわけではないな」


 無視しよ。


「きみは剣術を知らないらしい。動きがおかしい。勇者教会は勇者に剣術も教えないのか、かわいそうに」

「ぼくは勇者教会の仲間じゃない。マリゼラースは、召喚してすぐぼくを追放したんだ」

「追放?」


 ボルトラが吹き出した。

 腹を抱えて天を仰ぎ見る。

 大笑いしはじめた。


「おかしい……それはおかしいよ、いやいや」


 笑いすぎて喋れてない。


「なぜそうなる? いや、だってきみは腐敗を吸収できるのだろう。ならばフーリュネの腐敗を吸い取って、それで完結じゃないか。追放? いやいや、なぜそうなる」

「落ち着きなよ」

「落ち着いているとも。で、なぜ追放された」

「……手が腐敗してると思われた」


 ボルトラはまた吹き出した。

 笑い死にしそうなくらい笑った。


「ダーリング王家は陛下以外バカばかりだ。たまらないよ、下々の者からすれば」


 ボルトラから青い電撃が発生した。

 彼の手の平に青い電撃の塊がある。

 そこからプラズマみたいに広がってる。


「その腐敗色のぶにゅぶにゅのやつだろ? それがぼくの攻撃に反応して動くんだ」


 電撃が三つ襲い掛かって来た。

 腐敗分身が同時に三つ動く。

 分身は同時に三体までしか出せない


「ほら、反応した。で、四体目は? 三つまでしか出せないのかな。じゃあ──」


 ボルトラの姿が消えた。

 ぼくは反応できなかった。


「──終わりだ」


 ボルトラが目の前に現れた。

 瞬間、何かされた。

 多分、あの青い電撃を食らった。





 ──呼んで。


 声が聞こえた。


 ──わたしを呼んで。


 誰?

 女の人の声だ。


 薄目を開ける。

 意識がかろうじてあった。

 でも体の感覚がない。


「チヅル!」


 ウィケットさんの声が遠くに聞こえる。

 だんだん聞こえなくなっていく。


 あ、剣がない。

 蛇公の剣がない。

 ウィケットさんの剣は右手に握ってた。


 ……あれ、ない。

 左手がない。

 どこ?

 ぼくの左手……。

 血が流れてる。

 手首から先がない。


 ……ああ、そうか。


 斬られたのか。

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