3-1 焼却隊

 ベルの町。

 西部劇にあるような街並み。

 ある屋根の上に麻色のローブを着た男の姿があった。

 ローブの隙間から真っ赤なコートが見えている。


「珍妙な腐敗を一名確認──」


 埠頭をウィケットと千鶴が語らいながら歩いていく。

 彼はリンゴを齧りながら、二人が船へ乗り込むまで、目で追い続けた。



*



「ウィケット、あいつ本当に大丈夫か?」


 船が出てしばらく。

 いまは砂の海をどこかへ進行中。

 甲板から何もない黄土色を眺めていると声がした。


 ウィケットさんが甲板で、ビーチチェアみたいな椅子で涼んでる。

 その前に一人船員がいる。


「万が一ってこともある。腐敗は触れたらお終いなんだ。もれなくブッチャーになっちまう。特効薬もねえ」

「おれがこの船の船長だ」

「わかってるが」

「おれを信じないのか?」

「信じてないわけじゃない。ただ……」

「ただ、何だ? チヅルが町で少女を救ったのを見たよな? 彼女はサンドワームの腐敗を浴びた。触れたんじゃない、全身に浴びたんだ。だがブッチャーにならなかった。どうしてか? チヅルが腐敗を取り除いたからだ。チヅルの力は役に立つ。チヅルがいれば、サンドワームの腐敗なんて恐るるに足らない」

「いやあ、だからよ……おれが言ってんのはあいつが腐敗そのものなんじゃねえかって」


 ウィケットさんが立ち上がった。

 船員を威圧した。


「だってよ、あんなやついるか? これまでに見たことあったか。腐敗を生成してんだぞ。聞いたことねえよ、腐敗が手から溢れ出るなんて。それで本人は無事なんだぜ」

「黙れ」

「フーリュネの市街地が一つ滅びるくらいなんだ。こっちの気持ちも理解してくれ」

「ああ、わかった。理解してやる。おまえがこの船に乗るに相応しくない、臆病者だってことをな。ルーメンハイムに帰れ。おれたちは任務を続ける」


 船員が「頼むよ」と泣きつく。


 怒ったウィケットさんがぼくの隣へ来た

 手すりに手をついて一緒に外を眺めた。


「悪いな、教育がなってなくて」

「仕方ないですよ」

「すぐには無理だ。それだけ腐敗は恐ろしい。フーリュネの、あの城下町の大半を占めていた市街地が滅んだほどだ。船員の中には旧市街の出身者もいる。運よく腐敗せず逃げて来られたやつもいれば、腐敗した家族を旧市街に置いてきたやつもいる」

「置いて来た? え、でも旧市街って人の住めるようなところじゃないんじゃ……」


 自分で声に出してみてすぐ気づいた。

 家族を亡くしたって意味だ。


「ああ、その通りだ。人の住めるようなところじゃない」

「蛇公はあそこに住んでたんですよね?」

「彼女は別だ。彼女は最初期のシェフだ。旧市街のプロだよ」

「旧市街で見たんです。ラバーエプロンをした巨漢の怪物を。そのときは蛇公が倒してくれました」

「ブッチャーだ」

「ブッチャー?」

「腐敗病を患った罹患者のなれの果て。元が誰だったのかはもうわからない。市民だったかもしれないし、あとにマリゼラースが放った焼却隊の隊員だったかもしれないし」

「手に剣を持ってました」

「じゃあ焼却隊だ」

「焼却隊って何ですか?」

「ブッチャー専門の駆除業者だ。腐敗を焼き殺すために勇者教会が発足した。彼らにみんな焼かれた。だがそのうちブッチャーの数が増えすぎて……焼却令が出たの。それで街を焼いたんだ。罹患者だけを残し、健康的な市民は街の外へ避難した」

「旧市街に残った焼却隊はみんなブッチャーになったんですか?」

「全員じゃない。その後すぐに隊長のビアンカ様が離反した」

「離反?」

「事実上の解散だ。ほとんどはビアンカ様に着いていった」

「ウィケット、東から誰か来るぞ」


 船員が知らせた。


「誰だ?」

「わからない。モービルに乗ってる」


 前にウィケットさんが乗ってたバイクみたいなやつだ。

 あれはモービルと呼ぶらしい。


 船の右側へ移ろうとして別の船員が「ウィケット」と呼ぶ。


「今度は何だ」

「西にサンドワームだ」


 ウィケットさん苛立って頭をかいた。

 船の左側へ移ろうとして足が止まる。

 

「ウィケット、モービルが離れてく」


 ウィケットさんは溜息をつきながら望遠鏡を取り出した。

 船の右側へ行き東を覗いた。


「モービルが離れてく。サンドワームが見えて引き返したのか?」

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