2-1 ベルの町

 夜の砂漠。

 ライトが一つ近づいてくる。

 一台のバイクが砂漠の丘陵きゅうりょうを行く。

 タイヤの無いバイクだ。

 地面からやや宙に浮いている。

 バイクの側面に“Coapland Company”とロゴがある。


 砂漠の遠くに山がある。

 山肌に街が見える。

 嘆きの都フーリュネだ。

 バイクはフーリュネには入らずドリフトして止まった。


 バイクに乗っているのは30代半ばの男。


「これは……」


 草花の道が続いていた。

 おそらくはフーリュネから来たものだろう。

 夜の砂漠では視界が悪い。

 確かめづらい。

 だが男は腐敗の粘液を見逃さなかった。


 急いでモービルを吹かす。

 甲高いブザーのような音が響く。

 草花の道を辿っていった。





 初めて一晩じゅう歩き続けた。

 あの人のジャケットがあって助かった。

 夜の砂漠が寒いことを知った。


 夜が明けると日が照り出した。

 いまは暑い。

 ジャケットも着てられない。

 水が欲しい。


 何か音が聞こえた気がした。

 ぼくは振り返った。

 遠くから何か来る。


「バイク……?」


 でもタイヤがない。

 浮いてる?


「止まれ、そこの罹患者!」


 目の前までバイクが来た。

 座席から男が飛びあがった。

 男は体操選手みたいに宙をくるくる回る。

 手に剣が見えた。

 何かはわからないがマズい。

 そう察知してあの人に貰った剣を抜いた。

 

 着地したそばから男が剣を振ってきた。

 使い慣れない剣をぼくも振った。


「その手、やはり腐敗病か」

「違っ」

「大人しくフーリュネへ引き返せ」

「だから違っ」


 聞く耳を持たない。

 男はフェンシングみたいに剣を振った。

 ぼくの剣が弾かれる。

 砂に突き刺さった。


「観念しろ」


 男が剣先をぼくの顔へ突き付ける前に──。


「“【黴菌拳バイキング】”──!」


 腐敗の粘液が手にコーティングされる。

 手で剣を払った。

 男の右腕を掴んでやった。


 ──あれ?

 眩暈がした。

 急に意識が遠のく。





 溺れそうになって目が覚めた。

 顔と首に水がかかった。

 ぼくは咽た。


「答えろ」


 男の声がした。

 顔の水気を腕で拭う。

 辺りを確認する。

 まだ砂漠だった。


「どうして蛇公じゃこうの剣を持ってるの」

「じゃこう?」


 喉元に細い剣先が突きつけられている。


「これはかつて、女王フーリュネが募集して集まった『女王の料理人』──シェフたちに下賜した記念剣。それも最初期のメンバーにしか与えられなかったレアものだ。剣全体が特殊な銀で出来ている。腐敗に触れても錆びつかない。そんな物をどうしておまえのような子供が持ってる?」


 剣先が強く喉を押す。


「刃の表面に“蛇公”の刻印がある」

「貰ったんです」

「貰った?」

「旧市街で会った。一戦交えて、偶々ぼくが勝って」

「彼女に勝った?……その手、腐敗してるのか」

「してません」

「だがその血のような赤は……」

「粘液が出てるだけです。感染してません。その剣をくれた人にも言われました、感染してないって。してたら動けるわけないって」

「確かに……あれに触れると体が動かなくなる」

「ぼく、この液体を手から出せるんです、ほら」


 黴菌拳バイキングと唱えて見せた。

 ぼくの手を包み込む赤みがかったオレンジ色の粘液。


「おまえ、まさか腐敗を生成できるのか?」

「そうらしいです」

「罹患者じゃない?」

「人間ですよ!」


 ぼくは語気を強めた。


「おまえ、名前は? おれはウィケット」

「千鶴です」

「チヅル? 変わった名前だな。まあいい」

「あれ、あなたの腕……」


 思い出した。

 さっき気を失う前、この人の右腕をぼくは掴んだ。

 腐敗の手で。


「ああ、これか」


 ガチョン──。

 機械音がした。

 するとウィケットさんの右肩から先が外れた。


「くそ、さっきの腐敗でやられたか」

「義手……?」

「なあ、おれの仕事を手伝わないか?」

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