味方のために薬を飲みすぎた俺、太る
勿夏七
1計画的な追放
ヒュー、ヒューと鳴らしたくもない喉笛が鳴っている。
脂汗をかき、今にも倒れそうな男の名は、アレン。
やっと討伐できた大きな魔物の隣に腰を下ろし、アレンは汗を拭い水を飲む。
そんなアレンの隣では、鎧はボロボロだが、傷ひとつない細身な男――カイル。
「お前のおかげで、今日も実質無傷だわ」
ヘラヘラした表情を浮かべ、カイルはアレンを見下ろしていた。
アレンは苦笑いを浮かべつつも頷き、吹き出す汗をまた拭う。
「カイル〜!」
杖を両手で持ち甘えるような声を出して、駆け足でやってきた女――ミリアは、男の腕に腕を絡めた。
「カイル、お疲れ様ぁ。すっごくかっこよかったよ」
媚び全開のミリアに、カイルは満更でもないようで、ミリアに「ありがとう」と笑顔を向け、栗色の髪を撫でる。
「……それと、アレンも。いつもクソマズ回復薬飲んでくれてありがと〜」
嫌味っぽく言うミリアは、カイルに腕を回したまま、満面の笑みでアレンを見た。
「お、おう。俺の、役目だからな……」
アレンは、ミリアの人を見下した態度が苦手だった。加えて、彼女はほとんど後方にて、ただカイルを鼓舞する言葉を投げかけるだけ。それなのに、依頼で受け取った料金は三等分に分けられてしまう。
「でも正直な話、最近貴方がノロマなせいで、依頼が滞っているのよね」
チラリと大きな魔物を見るミリア。
魔物の解体もアレンの仕事だ。彼女は「さっさと魔物を解体しろ」と暗に言っているのだ。
「悪い。すぐに取り掛かるから」
ふう、ふうと肩で息をしながら解体を進めていく。
その様子を見ながら、ミリアが退屈そうな声でカイルへ問いかける。
「そういえば、ヒーラーを雇うとか言ってなかった?」
「おう、あれな。ちょうど良さそうなのがいたんだ。今、ギルドに申請中。あと、最近ランクも上がったし、もう一人増やす予定だ」
「……そ、そうなのか」
アレンは思わず手を止めかけたが、慌てて解体作業を続けた。
(まさか、太った俺を気遣ってくれてる……?)
そう思うあたりが、まだアレンのいいところであり、悪いところでもあった。
汗を拭い、黙々と作業をしている姿を見ていたカイルは、「ぷふっ」と笑い声を漏らした。
「お前、本当に太ったよなぁ。痩せてた時は、そこそこ女子にもモテてた筈なのによ」
カイルは、ズボンに乗っている腹や無理やり装備している鎧など、だらしのない体を突いた。
「おい、やめろよ! 解体中だから危ないだろっ!」
それでもやめなかったカイル。どうにか逃れようと解体包丁を持ったまま身を捩っていると、カイルの頬を包丁が掠めた。
「あ、悪――」
「っ! お前、俺がモテるからって顔傷つけやがって! お前なんて、うちのパーティーから追放してやる!!」
こうしてアレンは、Bランクの太った雑用係から、最低ランクであるFランクへ華麗なる転落を遂げた――。
◇
ポーションでパーティー全体の回復をする職業――名称はポーラー。
アレンの職業だ。誰にでもできるが、誰もやりたがらない。
安価な回復薬は、ハイカロリーであり太りやすい。加えてかなりの不味さを誇る。あれに耐えられない者が続出しており、希望者は著しく少ない。
だからこそ、彼が選んだ職業だった。
「俺のせいだけど……俺のせいだけどさあ! 報酬全額没収は酷いだろぉ!」
ギルドでパーティー脱退の手続きをしている間、アレンは受付嬢に愚痴をこぼしていた。
握り拳を作り、今にも机を殴りそうな勢いの悲鳴を上げた。
受付嬢はアレンを新人の頃から見ていたため、苦く笑いつつも慰める。
「まあまあ、雑用から解放されると思えばいいじゃない」
アレンを労う意図で、水と子供向けの甘いお菓子を差し出す。
「解放感が全然ないんだけど……俺のせいだからかなぁ」
「え? でも、あたしが聞いた時は、金が貯まればアレンを追放してやる〜てずっと言ってたのよ」
「うっっそ! 元々俺、追放予定だったの?」
アレンは目も口も大きく開き硬直してしまった。
そこでやっと、自分を追放する代わりのヒーラーを雇おうとしていたのだと悟った。
「俺の不満点何? この脂肪? それとも解体作業が遅い?」
「どっちもって書いてあったわよ。……ほら、愚痴はもう聞き飽きたから、さっさと新しくパーティーを組むかソロで仕事しなさいな」
会話をしながらも、受付嬢は脱退手続きを終わらせ、アレンへとギルドカードを手渡した。
「うう……Fランク転落ポーラーの俺だけで仕事なんてできるかよぉ」
ギルドカードには『Fランク・無所属』の文字があった。
これは不名誉の塊である。
「しょうがないでしょ。カイルが"器物損壊と隊員への暴力"として書類を提出してきたんだから」
基本、パーティーは一度組むと簡単には抜け出せない仕組みがある。
ただし、パーティー内で不祥事が発生した場合は、簡単に解雇宣言が可能となる。
その結果、アレンはランクを強制的に剥奪され、最低のFランクに転落してしまった。
「こういう時、カイルはほんっと頭が回るなぁ」
アレンは深くため息を吐いた後、受付嬢と別れ、ギルドから出ようとする。
そこで避けきれず人とぶつかってしまう。
すかさずアレンはぶつかった人へと謝罪を入れる。
「おっと、すみません。俺がでかいあまりに……」
横も縦も大きくなってしまったアレンは、膨らんでしまった腹を引っ込めようとしながら、相手の顔を見た。
「あれ!? お前は――!」
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