第4章 アルヴィスの大地


ソラ達の住む世界から遥か上空。雲を突き抜け大気圏へ入る手前の扉の境界を超えた先に、その世界は広がっていた。


地上では“空写”と呼ばれるこの現象は、普段は決して交わらないふたつの世界が、ある周期のもと接近することで生じる。空と地上が重なり合うわずかな時間ーーその時だけ、両世界の境界が曖昧となり、扉が開かれるのだ。


そこは“アルヴィスの大地”と呼ばれ、その名の通りアルヴィスという種族が暮らす世界。

アルヴィスは耳の尖ったエルフのような見た目で、人間よりも長寿。大自然の広がる大地で平均寿命は千歳を超え、人間にとってほぼ悠久の時を過ごしている。


そんな彼らは、彼方ソラという少女が、地上でフライハートを発動させたことなど知る由もなく、アルヴィスの大地ーとある王都では急な会合が開かれていた。


「噂によれば使徒様は、既に下界に降りられたとのことだがどうなっている?」

「選定者が現れたということですかな?いやはや、此度の予言は偽りないということですな」

「……だとしてもよ。これまでとは異なる周期での選定の儀式。予言が正しければ此度の選定で全てが終わるとのことだが。民にはどのように説明するつもりか」

「………実に百年ぶりですか、懐かしい面々で……」


円形の会議テーブルに四人の幹部が座り、この度の選定の儀式ー空写について議題を話し始めた。

彼らは〈四緑冠(しりょっかん)〉。アルヴィス王国を統べる四つの冠位を持つ最高幹部である。

その彼らの目線は、会議室に立つもう一人の男へと集中した。


「まずは、本日お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

「前置きなどいらん。状況を説明せよと言っているのだ」


激しい口調で男を怒鳴ったのは、四緑冠 軍務卿のガイルである。

主に軍事に関する政務を主とするが、こう言った会議の場では常に感情的に話を進め、その高圧的な態度から他の四緑冠からもあまり評価はよろしくない。


「失礼しました。では。皆さま既にご存知の通り、昨日選定の儀式により使徒様が下界に降り立たれました」

「…………」

「……やはり」

「そうですか」

「この国の終わり、か」

「つきましては、今行方を捜索しております。発見次第、こちらの世界へ招待する予定です」


長身の男ーフォカロスは淡々と今後の予定を話し始め、それについて四緑冠はそれぞれの反応を示していた。

元老院議長 セリオンは静かに頷き、

軍務卿 ガイルは最悪の予想的中に次の動きを考え始め、

祭祀長 リスティアは現実を矜恃、

学匠院長 フォルグは予言によってもたらされるであろう未来に天を仰いだ。


各々が様々な反応を見せる中、フォカロスは左手に持った分厚い予言書を開き始め、中ほどのページで手を止めた。


「こちらの記述は皆様もご覧になったことがあるかと思います。現国王が記された予言書です」


そう言うと四緑冠の前に青い光によって、フォカロスが開いた予言書のページが写し出された。


『記す

これより先の選定の儀にて 両者の世界が均衡を崩す

選定者は破滅を望み 選定者は継続を望む

長きに渡る選定の儀が終わりを迎える刻

アルヴィスの大地は真の自由を手にする』


「どちらとも解釈できる文章なのは間違いない」


数秒の沈黙を破り、セリオンは予言から読み取れる情報を整理した。


「はて、真の自由とは一体何を指すのか。破滅による死か、継続による生か」


セリオンに続いてリスティアは、写し出された青い文字を指で追いながら予言の真意を解こうとする。

どちらとも捉えることができる予言は、この数百年間アルヴィスの民達の注目の的となっている。

そして、リスティアの考えは、アルヴィスの終わりを予期している。


「どちらにせよ、この度の選定の儀式が最後になるということですか。数百の歴史を持つーーいわば祭りのような催しが無くなるのは些か淋しいですね」

「ふざけるな!!!」


そのリスティアの発言を聞いて、怒号と共に机を強く殴り付ける音が響く。

ガイルは血相を変え、目を血走らせながらリスティアを睨み、その視線を滑らせて会議場の全員を睨みつける。


「このアルヴィスが滅ぶだと!?有り得ん!!!これまで積み上げてきた我々の歴史はどうなる!?民の生活はどうなる!?その予言が正しいかさえ、真偽のほどは分からんというのに、何故貴様らは悠長に構えているのだ!」


額に青筋を浮かべて、ガイルは正に激怒。そこへフォカロスが話に入る。


「ガイル様、お気持ちは分かりますが、ここは神聖な場でございます。どうかお気を鎮めてください」

「だまれ!そもそも貴様、国王は何処へ行かれたのだ!?居場所は分かったのか!?二百年も王座を空けて、貴様のような小心者を代理とするなど……どうかしているぞ!」

「止めんかガイル。例えどうであれ、国王の侮辱は貴様とて許す訳にはいかんぞ」

「しかし……元老院議長、私は………………失礼、しました」


ガイルの暴走をセリオンは静かに鎮めた。四緑冠の中で年長者であるセリオンは、白髪の長髪で永くアルヴィスを護ってきたことから染み付いた貫禄は彼の眼光に強く現れている。

流石のガイルでさえ、セリオンには頭が上がらない。


「さて、フォカロスよ。ガイルも言っていたが、国王の行方は分からんのだな」

「はい。王都にはいらっしゃらないことは確かですが……もしかしたらこの地から出られている可能性もあるかと」

「え、それホントに〜」


気の抜けた声を発したのはフォルグである。。


「この大地から出るって、空の外側に張られた二重の結界を抜けて、そこから更に向こうの世界との境界を何百年もかけて抜けて、ようやく脱出完了〜だよ?」


皮肉っぽく話を進める。フォルグは机に肘を着き、人差し指で宙をクルクルと回す。


フォルグの言う通り、アルヴィスの大地の外側には、かつて《古の魔法使い》が張った結界が存在する。

そして、空に写る世界との境界を作る為に結界の外側に時間の地層を張っている。

これにより、アルヴィスと向こう側の世界では時間の流れが異なっている。

この難航な魔法術式について、アルヴィスの誰も構造を把握していない。ただ一人、国王を除いては。


フォルグは魔法に精通した科学者であり、暇を見つけてはアルヴィスの外側を研究している。


「アタシが見る限り空の結界は正常に作動してるし、地層に穴が空いた形跡は無い。フォカロスが言ったみたいな、外側へ出た可能性は限りなく低いよ〜」

「左様ですか。情報提供ありがとうございます」

「お易い御用〜」


フォルグはヒラヒラと手を振り、眠そうに欠伸をする。昨晩も徹夜をしたのだろう、目の下のクマが際立って見える。


話を聞いていたセリオンは「ふむ」と一息吐く。


「フォルグの言う通りなら、国王は未だこの大地に居るということか。フォカロス、再度国内の捜索を頼む」

「承知しました」

「リスティアは選定者を迎える準備を」

「分かりました」

「どちらにせよ、この度の選定の儀式が最後だというのなら、我々はこれまで以上に慎重にことを勧めなければならない」


セリオンの声に会議室内に緊張が走る。

そもそも、こうして四緑冠が招集されること自体百年ぶりのことであった。前回は国王の新しい施策についての議論だったが。


セリオンの声にも多少なりの緊張が窺え、フォカロス含め他三名も自然と背筋が伸びる。


「皆の者、よろしく頼むぞ」


こうして招集会議は終了し、各々四緑冠が帰って行く。

最後部屋に残ったフォカロスは、右手に持った国王の杖を見つめて思い耽るのだった。



ガツッ、ガツッ、と王都宮殿の長い廊下を怒りに任せて歩くガイルは、会議終了後のそのままの勢いで自室へと戻る途中であった。


「…………っ」


怒りに任せて歩き進め、未だ冷めきらない怒りの熱に身体を燃やす。


バンッ、と力任せに扉を開け、自身の机を力任せに叩く。


「くそっ!!セリオン様といい、四緑冠は地に落ちたのか……」


怒りの原因は勿論、先程の会議である。


選定の儀式が始まり、いよいよ選定者がアルヴィスに訪れることになる。

滅亡か、存続か、選定者によって決められるアルヴィスの行く末が注目される。

これまでの選定の儀式とは異なり、今回は予言が絡み、しかもそれが民達の耳に入ったこと。情報操作は確実にしていたはずが、しかし噂とはいつすり抜けて浸透していくか分からない。


予言の存在により、今回の選定の儀式は民からの注目もある。故にガイルも下手な動きが出来ないでいた。


「私はこのアルヴィスを……民を一番に考えているというのに……」


煮え切らない思いを募らせている中、部屋のドアがノックされる。

ガイルの返事も待たずにドアが開き、そこには黒いスーツ姿の薄緑の髪をした男が立っていた。


「ガイル様、失礼します。先程は会議ご苦労様でした」

「ユダラスか」


ユダラスはガイルの側近であり秘書の役割を担っている男である。


「そのご様子だと、セリオン様達含めた方々は選定の儀式を迎える用意に入られたのですね」

「……そうだ、出迎えの準備をしろとのことだ。くそっ、国王不在の中、誰かがアルヴィスを護らなければならんというのに」

「フォカロス様だけでは不十分……という訳ですね」

「当然だ!国に仇をなした罪人だというのに、国王のご厚意で今の地位に上がっただけ」


ガイルの不満は止まらない。


「私のようにアルヴィス全体すら見えていない若造に対して、どうして頭を下げねばならんのだ!」


しかしそれだけアルヴィスの大地を思っているのもまた事実。ユダラスは表情を変えず、ただ黙ってガイルの不平不満を聞いていた。


「ガイル様のお気持ちも分かりますが、やはりこれは我々アルヴィスの民の性質とも呼べるものかと考えます」

「……例の“矜恃”というやつか」

「はい。我らアルヴィスが持つ、与えられたものを疑わず受け入れる静かな誇りです」


それはアルヴィスの民全員に当てはまる性質。

彼等は自らの意思で何かを築くことが少ない。政策や土地、家や教育について、特段の関心がないのだ。

そして、これらの事は全て国王や四緑冠によってアルヴィスの民へ与えられている。


つまり彼等アルヴィスの民は、相手から与えられた物に対して疑念も無く、ただ川の流れのように従うだけ。よく言えば素直であり、悪く言えば自らで成長しない種族なのである。


「これまでの歴史から、我らアルヴィスは古の魔法使いの命に従って大地を広げてきた。こうして今この空間に居ることも、古の魔法使いのおかげとも言えようか」


少し気持ちを落ち着かせたガイルは、一息吐いて高級な生地で覆われた椅子に腰かけた。


「過去の歴史はさておき、やはり優先すべきは今回の選定の儀式です。このままでは確実にアルヴィスは滅びます」

「……分かっているさ。セリオン様達や民達は滅ぶこともまた事実として受け入れるのだろうが、やはり私には耐えられない」


突き付けられた現実に対してただ受け入れるのみのアルヴィスの民。ガイルはその中で唯一全てに疑問を抱き、軍務卿としてアルヴィスのために命を賭してきた。


そのアルヴィスが今滅亡の危機に瀕しているのなら、ガイルの使命は全てをかけてそれを阻止することにあった。


「ここに来たのは、例の計画の進行についてか?」

「はい。使徒様が迎えに行かれたと聞いて、装置のテスト作動を始めました」

「正常に作動しているのか?」

「起動は問題無く。しかし………」


そこまで言ってユダラスは言い淀む。


「動かすためには莫大な魔力が必要になります。アルヴィスの民は各々が魔力を保有しています。しかしそれでは到底足らない程の魔力が必要になります」

「魔力か……そういうのはフォルグに任せているから、私ではてんで理解してないが。お前が言うのだから間違いないのだろうな」


ガイルは短い白髪頭を抱えて肘を着いて考え込む。


「動かすとなると、やはりフォルグ様の言う通り、選定者若しくは使徒様の力を使う他ないかと」

「そうか……あの装置が上手く作動すれば、アルヴィスは危機より救われる。だというのに、魔力などという目に見えない力が関わるとは……」

「しかしガイル様、仮に上手くいったとしても、その後の処遇はーーーーー」

「よいよい。この計画は私一人の独断で行われたものとして処理する。お前達優秀な人材を蔑ろにはしないさ。フォルグも何かしらの処罰だろうが……まあ奴は研究が進めばそれで良いのだろうな」


珍しくハハハ、と笑うガイルにユダラスは多少の動揺を見せる。しかし、ガイルは冗談など言わない男である事は、ユダラスが一番理解している。故に、彼の選択を尊重すべきなのだろうとも、内心で葛藤していた。


「計画を進める上で、確実に選定者が必要になるということか」

「はい。そこは間違いないかと」

「……ふむ、とすると騎士団……はダメだな。動かしたらフォカロスに勘づかれるだろうし。スターシャークは使えないのか?」

「そう言われると思い、既に星海より六匹確保して参りました」


特に自慢げに話す訳でもないユダラスを、ガイルは流石と言わんばかりの顔で見る。相変わらず優秀な男である。と。


アルヴィスの大地には“星海”と呼ばれる暗黒の海が存在する。その海面にキラキラと夜空の星々が映し出されることから、アルヴィスでは星海と呼ばれている。

その暗黒の海に唯一住まう生物、それがスターシャークと呼ばれる鮫である。


「奴らは魔法の概念関係無く、様々な世界を行き来すると言われています。フォルグ様によれば、アルヴィスの外側を覆う結界や、時間地層帯すらも超えるとのこと」


ユダラスはフォルグから受け取った、星海、そしてスターシャークの生態について記された資料をガイルへ渡した。

四十枚以上の資料に、ガイル適当に目を通して、クリアファイルに挟む。


「だが、標的が分からないなら、いかにして捕らえるというのだ?」

「スターシャークは、魔力を捕食する生き物です。奴らは視力が無い代わりに魔力感知によって獲物を捕らえると言われています」

「……なるほど、選定者や使徒様には一定以上の魔力があるから、それを感知して捕らえるということだな」

「はい。それに、選定者に与えられる“フライハート”は飛行能力です。あちらの世界の住人は空を飛べないと記録がありますので、恐らくはスターシャークの独壇場になるかと」


ユダラスの顔に嫌な笑みが浮かぶ。


「………フォカロス達よりも先に選定者を捕らえる為とはいえ、あの様な畜生の力を使わなければならんとは……これでは騎士達に示しがつかんな」


苦笑するガイル。


「……申し訳ありません。私の力不足故に」

「気にするな。そもそも私はこの選定の儀式に問題があると認識している」

「選定の儀式に、ですか?」


あぁ、と言ってガイルは本棚から一冊の分厚い本を取り出した。その表紙を見て、ユダラスはハッとする。

『異界の選定者による儀式』そう書かれた本をガイルはペラペラと捲る。


「記録によると選定の儀式は、かの古の魔法使いによって発案された、アルヴィスの大地を維持していく為の儀式だと記されている」

「それは、学校でも教えられますね。あちら側の世界から選定者を呼び、その者の力を使ってアルヴィスを維持していく。と」

「お前はこれを読んで、おかしいと思わないか?」

「?と、言いますと?」


ガイルの質問の意図を理解できず、ユダラスは頭を傾げる。


「何故、この大地を維持していくのを、別世界の者が行うのだ?」

「……!ぁ、そう言われれば、確かにこれまで何の疑問もありませんでした」

「まさにそれが矜恃……か。アルヴィスの大地を維持と言うのは、恐らくこの世界の根幹を管理するというとこだろう」

「………つまり、毎回選定者は、魔力を使ってアルヴィスの世界を守っている。と?」

「そうとも言えるだろうな。だが何故我々ではないのだ?何故あちら側の者が?誰もそれについて疑問を抱かない?」

「………」

「これは私の推測だがね。この儀式は多分、古の魔法使いによる、あちら側の世界への罰なのではないかと考える」

「罰、ですか?」


ガイルの推測にユダラスは反応する。

彼の言う罰とは?その真意とは?


「まぁ、推測だがな。話はここまでにしよう。では手筈通り、選定者を……頼んだぞ」


無理矢理話を切り上げて、ガイルは本を閉じて棚に戻した。ユダラスはスーツの正して、一礼した後部屋を退出。


「……アルヴィスは、私が守らねば」


ガイルの決意は、窓の向こうーー青空の彼方に写るあちら側の世界に向けられていた。

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