呪祭
@tiwatiwakmkm
プロローグ「前日譚」
いきはよいよい かえりはこわい
いきはよいよい かえりはこない
とおりゃんせとおりゃんせ すずのねさそわれいらっしゃい
とおりゃんせとおりゃんせ けむりにさそわれいらっしゃい
せいめいのともしびけして だあれもいきてはかえれない
たのしいくるしいのろいのまつり はじまりはじまり
すべてのいのちをあのかたにささげるためのまつりの
はじまりはじまり
───
ぴぴぴ、ぴぴぴ
耳を刺すアラーム音に思わず顔を顰める。心地よい微睡みに身を委ねたい衝動に駆られつつも、騒音を止めるために、無理やり身体を起こす。
起き抜けに鼻腔をくすぐるのは味噌汁と炊きたての米の香りだろうか。
ぐうと腹の音が鳴るのを感じる。やはり朝はおにぎりと味噌汁だ、なんてゆったりと考えていると眠気を吹き飛ばす母の声が大きく家に響いた。
「こまこ、あんたまだ寝てるの?幼馴染の二人も先に行かせたわよ、さっさと起きなさい!」
時刻を見る。朝の8:15。本来ならとっくの前に家を出なくてはいけない時刻である。眠気の変わりにさーっと全身の血の気が引いていく。
「遅刻だぁあーー!!!」
おにぎりを毎食食べるのは信念である。それは遅刻しそうな時であろうと変わらない。そう、だから仕方ないのだと自分に言い聞かせながらおにぎり片手に田んぼ道を駆け抜けて行く。
先に行った2人はつい今しがたこまこの自宅を出たらしい。思い切り走れば間に合うだろうか、なんてことを考えていればすぐ目的の後ろ姿が見えてきた。
「おはよー!」
「お、寝坊助がやってきたのかねぃ」
「珍しいね、こまちゃんが寝坊するなんて」
「おはようさん、転けねぇよう気ぃつけろよぉ」
「おはよう、今日も元気だね」
ふわふわとした長い黒髪を揺らしにへりと気の抜けた笑い方をする青年と珍しいアイマスクを付け、穏やかに手を小さく振る青年、幼馴染の弍番柳と眠眠打破だ。
「ごめんね!もー、時計見てびっくりしちゃったよー!」
「まァ、このまま行けば間に合うからいいんじゃあねェか?」
「あはは!いっぱい走って良かったよー!ね、やーくん!」
「ん、そうだね…」
そうしていつもの様に話しながら通学路を歩いていく。5月も終わり6月初旬。今日は雨の気配もなくすっきりとした空模様である。少し刺す日差しを遮りながらんーと背伸びをした。
「…あれ、やーくんいつもより目の隈濃い?」
上を見た時、ふといつもより顔色が悪いことに気がついた。破は言及されると困った様に笑う。
「今日は、いつもとちょっと違う夢を見て。そのせいで変な時間に起きちゃったんだよね。なんて言うんだろう、怖い?とは違うんだけど…」
そう言いながら破はうーん、と首を捻る。
「2人の人…?が不思議な歌を歌ってたんだ。歌、というか祝詞みたいな。背丈の高い、白い髪の人と黒い髪の人だった、気がする。」
「ヘェ。いつもの漫画だかの夢じゃねェのか」
「なんだろ、質感が違った気がする。こう、夜の闇の中にゆらゆらーって光源が揺れてて、火?いや、提灯かな。提灯だったと思う。それこそ漫画じみた内容だったんだけどリアルでさ。」
「うーん、変な夢だね…ちょっと怖いかも〜」
「まあ、リアルだったけど現実みは無かったからさ、多分普通の夢だよ、そのうち忘れると思う。
そういえば、柳くんの家の今年出す提灯はどう?」
「いやー、あと一月もすりゃ修羅場ってカンジだなァありゃ。まァ、出来は言わずもがな完璧に仕上げるだろうケドな〜」
そう言って柳は腕を頭に組む。ふわぁと間の抜けた欠伸をしているとつい空気が緩んでしまう。「あと2ヶ月だね!」なんて話していると彼らの頭からはすっかりとあることが抜けてしまった。
そうしてゆっくりと談笑しながら門の前にさしかかれば
「お前たち、急いだ方がいい。遅刻ギリギリだぞ」
そう、時間。談笑に花を咲かせていた3人は遅刻ギリギリなことをすっかり忘れていた。「あー!!しまった!」 なんて声を出せば「小軽米ちゃん、元気なことは良い事だが時間は見ることを勧める。」なんて返答が帰ってきた。
彼は吉幸縛。我がクラス2年A組の学級委員長である。今日もピシッと背筋を伸ばし、涼やかな表情で業務をこなしている。
「登校指導から引き上げようとした所だが、幾人かまだ来ていないようでね、君たち含め。」
「えへへー、つい話に夢中になっちゃった!って急がなきゃだよね!わー、始業まであと5分?!」
わたわたと教室の方に向かうと、背中の方で縛の「あの2人は何処で道草食ってるんだ…」というぼやきが聞こえて来た。どうやら自分たち以外にも遅刻ギリギリな人が居るようだ。誰だろうなんて考えながら小走りで教室へと向かっていく。
──────
「今日って知ってたらもーちょい髪整えて来たんだけどぉ〜!え、あたし変じゃない?!」
「えー、今日もみっちゃんかわいーよ?」
教室に入ればいつもより賑やかな空気が漂っていた。不思議に思い、すぐ近くにいた女子生徒に声をかける。
「おはようー!ねえ、みんなそわそわしてるけど、どうしたの?」
「あ、こまこちゃん!おはよう。今日転校生がくるんだって。なんでもかなり目立つ人みたいで…皆そわそわしてるのはそれが理由かな」
「ほえー、転校生かぁ!!」
「転校生ねぇ、この時期は珍しーなァ。」
「うん。目立つ、ってどういうことなんだろ。彼みたいな事なのかな…」
破はちらりと示した相手の方を見ようとするとチャイムがなり始める。おっと着席しなくては、と動こうとすると廊下から激しく駆け抜ける音と「こら!廊下を走るんじゃない!」という縛の声が聞こえてくる。
「あっはは!!ギリ!セーーフ!!」
「はぁ、はぁ…あ、あずくん速いよ〜!」
よく似た表情で息を切らした男女が勢いよく教室に流れ込む。きっと縛が言っていた「幾人か」は彼女たちのことを示していたのだろう。おはよう!と声をかければ2人ともにこやかな表情で「「おはよう!」」と声を合わせて返してくれる。
暑そうながらも声をかけられれば爽やかに笑う男性は茶々丸梓茶、その横で手でぱたぱたと仰いで息を切らしている女性は茶々丸千茶都である。双子である彼らは、どうやら姉弟揃って朝から何かをしていたらしい。
「いやー、今日のイタズラの為に色々準備してたら遅れちまった」
「あずくんってば、今日は猫さんに手伝ってもらうーって朝から沢山駆け回ってたもんね〜」
「くっ、またたび買っとくべきだったな…ここまで時間食われるとは思わなかった…」
「千茶都チャンあずチャン朝からナァニしてんだ」
「より良質な悪戯の為には最善の努力をだなー、ってェ!」
滔々と悪戯について語り始めた所、出席を取りに来た担任に頭を軽くしばかれた。そんな我がクラスでよくある光景に皆が和んでいく。
「さて、知ってるやつらは知ってる通り、転校生が来る。まー、なんだ。ちょっと変わってるやつだが良い奴だからな。そんじゃ、入ってくれ。」
担任が少し言い淀んでから扉を開ける様に促す。そうすればガラリと扉が開き、1人の男子生徒が入ってくる。
その姿に、誰もが息を飲んだ。男子高校生離れしたすらりとした身長に、さらさらと長い絹のような髪。達筆に自らの名前を書いてからくるりと振り返る。伏し目から覗く灰色の瞳がクラスの人々を捉えると、柔和な笑みを浮かべた。そうして、口を開く。
「ご機嫌麗しゅう、小さな皆様。」
((…ん?))
クラスの誰もが一瞬自分の耳を疑った。まるでRPGの魔王の様な発言が飛び出るとは到底思いつかなかったのだ。
なるほど、「ちょっと変わっている」と言っていた理由を何となく察してしまった。
「秤尾楚和です。以後、お見知り置きを。」
そう言って手短に紹介を終える。担任も朝のHRを軽く済まし、交流の時間を多く取ってくれるようだ。
担任が教室から立ちされば、どっと楚和の元に人が集まった。
──────
「ねぇねぇ、あんた何処から来たの?!身長高いわね〜、髪も顔も綺麗だし、こりゃ目立つって言われるのも納得だわ」
「目、立つのですか?」
「まーまー、いきなり捲し立てちゃうと困っちゃうよぉ〜」
真っ先に話しかけたのはクラスの中で随一のフレンドリーさを持つ女子生徒2人。紅色の短髪を揺らし、元気な声で話しかけている少女はクラスのムードメーカーである秦心幌、その横で薄桃色のぶたさんを見せながら朗らかに笑う少女は果実盛仄々である。
「あたしの名前は秦心幌!はぁ〜い握手っー!これであたしたち友達ね!みっちゃんって呼んでよ!」
「私はほのぼのだよ〜気軽にぼのちゃんって呼んで!」
「そうですね…。随分素敵な方がお集まりのようで。みっちゃんさんにぼのちゃんさんですか。」
「おーおー、人気だねェ。てんこ〜せ〜」
「ふぅん、悪戯の対象が増えたってことで俺は嬉しいケド、なんだったんだ最初の魔王発言。」
「さーなァ。緊張して出たヤツかもな。にしても、いきなり人に囲まれたからか戸惑ってンねェ〜。」
梓茶と共に一連の流れを見守りながらそのように話している。楚和は絶えず話しかけられる様に若干戸惑っているようだ。
「ン?」
その渦中にまた1人、加わっていくのが見えた。しかし、その人が自分から大人数の中に入っていくのは珍しい。思わず「意外だねェ」と声が漏れてしまった。
「ねえ、楚和くん。」
ざわざわとした中に一瞬の静寂が訪れる。王子のような凛とした、それでいて艶のある声。「話してる途中にごめんね」と小さく謝ると楚和の方へ向き直った。
「はじめまして。楽しそうだから混ざりに来ちゃった。」
常人離れした整った顔で綺麗に微笑む。
彼は曖路麗。柔和な対応と大人びた余裕で男女共に人気のある男子生徒だ。
過去に転校して来た経験があるからだろうか。普段は話しかけられることの多い彼だが、自分から話しかけに行ったようだ。
「あいつが自分から行くなんて珍しー…って、楽しそうだな。アイツあんな笑うんだ」
「おー、元転校生と転校生でウマが会うんかねェ」
「ンで、お前さんも今日は朝からいるんで?珍しいこと尽くしだねェ」
そう言って騒がしい方とは反対方向に顔を向ける。によ、と笑うとその視線を向けられた相手は不機嫌そうにチッと舌打ちをした。
「こんなんなら、今日はサボりゃ良かった」
そう言って鬼塚大和は顔を顰めた。騒がしいのを好かない彼にとってこの状況はかなり快いものではないのだろう。
しかし、あまりにも眉間に皺がよっているのでつい絡みたくなってしまう。ほっぺをつつこうとしたら睨まれたのでこれ以上は控えておくが。
「いやァ賑やかだねェ結構、結構。こまこチャンも楽しそうで何より」
そう言って幼馴染の少女の方へと視線を移す。今は千茶都と共にいるようで、ころころと可愛らしく談笑しているようだ。
隣で梓茶からもどかしいような、若干引かれてるような表情を向けられてる気がするが無視しておこう。
「小軽米について言えば、今年はどうすんの?祭。いつもみたいに3人で行くの?」
「あー、それなんだけどなァ…」
つい先日のことを思い出す。いつもの様に3人で行こうと話をしていれば破が急に先約があって、なんて慌てふためきながら断ったので実に驚いた。
ははん、さては噂の彼女と約束があるんだな?と思いきや違うようで。若干の寂寥感は否めないが年齢を重ねるとはそういうことなのだろう。
「今年はこまこチャンと2人かねェ」なんてぼやけば梓茶は大層驚いた顔をしてからにやにやと面白いものを見つけた顔をした。さっきから百面相この上ない。
「そこはどうでもい〜だろ。どうせあと2ヶ月もあるんだしなァ。他のことでも話そーぜ」
「つってもこの土地の娯楽なんてこの祭くらいしかないからよー。つい最近ポスターも貼られてたし、全員祭に浮かれてんだよ。」
「まァ、そーだねェ」
ちらりとポスターの方を見やる。最近縛が貼った毎年恒例のポスターだ。しかし、何故だろうか。今年は少しだけ嫌な予感がする。
気の所為だろう、と頭を振るう。どうせやって来る2ヶ月後。変に気にしてもしょうがない。
そうして再び梓茶との話に花を咲かせていく。
途中やはり堪えきれず大和にちょっかいをかけに行って小突かれたのはここだけの話。
─────
そうして賑やかな日常を過ごしていく。誰かは衝突を経て仲を深めるのだろうか。新たな友情を育んだ者も、見てはいけないものを見た者もいるかもしれない。けれど、何か劇的に変わることなんてきっとない。ありふれたかけがえのない時間を過ごしていく。
そう信じていた。
チリン、と何処か鈴の音がした。
「やっと、この時がやって参りましたか。」
「やっとかいな、もう待ちくたびれてしもうたわ。」
そう言って片方の人影がグイッと何かを呷り、あ゛ぁーと唸るともう片方の人影がはぁ、とため息をついた。
「翌夜、ついにあのお方の為の祭を行うのですから。酒を飲みすぎてお客様方を見た瞬間吐く、なんてことはしないでくださいね。」
「ハァン?オレがそないなことするわけあらへんやうぇっ…」
「はぁ…」
2つの人影は夜の街を見下ろしていた。少し冷えた風がうだる様な暑さの中、頬を撫でた。
「始めて参りましょうか。」
「呪祭を。」
プロローグ「前日譚」
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