その日常の残滓

大隅 スミヲ

第1話

 ここは二十四時間営業の店「トゥエンティーファイブ」。二十四時間いつでも開いている。それを皮肉って「25」という名前が付けられたスーパーマーケットだ。

 店の一番奥にある精肉売り場。そこは、どこか薄暗く、他の売り場に比べると温度が低く感じられる場所だった。

 独特の生臭さと鉄に似た匂いの漂うこの一角に男が姿を現したのは、午後九時を少し回った頃だった。客足が途絶えはじめたこの時間に、いつも彼は姿を現すのだ。

 紺色のスーツは朝から着続けているのだろう。座り皺と少し緩めたネクタイが、くたびれた印象を与える。歳は四十代半ばくらいだろうか。少し薄くなった髪を七三に分け、黒縁の眼鏡をかけた彼の姿は、典型的なサラリーマンといった感じだった。少し猫背であり、顔色はいつも青白い。朝に剃ったであろう髭は少し伸びて青くなっており、目の下には消しきれないクマが刻まれていた。

 彼の名は吉田健二という。店のスタッフは彼の名前こそは知らないが『肉塊の男』として密かに知られている存在であった。

 その日も吉田は迷うことなく冷蔵ケースへと歩み寄り、特売品の肉などには目を向けることなく、すぐに一箇所へと手を伸ばす。

 そこにあるのは、豪州産の赤身牛肉の塊であった。脂身は少なく、血の色が濃いのが特徴である。大人の顔くらいの大きさの肉塊の存在は、他に並んでいる薄切り肉や切り落とし肉とは一線を画していた。バーコード付きの値札の部分には「ステーキ用ブロック肉」と書かれており、グラム単位の値段が明記されている。グラム単位で考えれば手頃な価格ではあるが、この量を週に何度も購入するという客は彼以外にはいなかった。

 吉田は黙ってその肉塊を買い物かごに放り込むと、次はワインコーナーへと足を向けた。

 彼が選ぶのはチリ産の安価な赤ワインだった。渋みが強めであるこのワインは肉との相性が良いとされている銘柄だ。そして、最後にレジ近くにある棚から四つ切のバターを一箱、取る。こちらは塩気の強い業務用のバターだった。

 牛肉の塊、チリ産の赤ワイン、そして塩気の強いバター。それが彼のいつもの三点セットであった。

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