第二章 レベル1じゃん!死ぬ死ぬ死ぬ! 神々「行け」

 蒼太は炎の剣を凝視した。

 柄を握ると、確かな重量感と熱が手に伝わってくる。これは映像でも幻覚でもない。本物だ。


「え、ちょっと待って。今なにが起きた?」

 混乱する蒼太に、コメント欄は容赦なく流れ続ける。


『www』

『初々しいなw』

『@戦神アレス:その剣で敵を斬れ』

『スパチャで武器出るのやばい』


「いや、マジで意味わかんないんだけど……」

 蒼太が呆然としていると、ダンジョンの奥から低い唸り声が聞こえてきた。


 ゴォォォ……

 暗闇の中から、緑色に光る目が複数浮かび上がる。


「え、なに、敵!?」

 蒼太は反射的に剣を構えた。暗闇から姿を現したのは、体長2メートルほどの狼型のモンスター。いや、狼というより魔獣と呼ぶべき異形の姿だ。


【シャドウウルフ Lv.8】


 スマートウォッチに敵の情報が表示される。


「レベル8……推奨レベル10のダンジョンだから、こんなもん?  いや、俺レベルいくつなの!?」


 慌てて自分のステータスを確認しようとするが、表示方法がわからない。


『@知恵の女神アテナ:左手首を2回タップしなさい』


「え?あ、はい」

 言われた通りにスマートウォッチを2回タップすると、自分のステータスが表示された。


【柊蒼太 Lv.1】

【HP:100/100】

【MP:50/50】

【装備:炎神の剣(@戦神アレス寄贈)】


「レベル1じゃん!死ぬ死ぬ死ぬ!」


 シャドウウルフが跳びかかってくる。蒼太は本能的に剣を振るった。


 ブォン!


 炎が軌跡を描き、狼の身体を薙ぎ払う。モンスターは悲鳴を上げて吹き飛び、壁に激突して消滅した。


「……え?」


 蒼太は自分の手を見た。今の一撃、明らかに自分の実力じゃない。


『@戦神アレス:我が剣は使い手のレベルに関わらず力を発揮する』

『チートすぎて草』

『@豊穣の女神デメテル:でも耐久力は低いままですわよ?』

『一撃もらったら死ぬなw』


「いや怖いこと言わないでよ!」

 蒼太は配信画面を確認する。視聴者数が急増していた。


【視聴者数:347人】


「え、めっちゃ増えてる……」


 奇妙なアカウント名が次々と参加してくる。火の神、水の女神、風の精霊王……明らかに普通のリスナーではない。


「あの、皆さん本当に神様なんですか?」


 蒼太が恐る恐る尋ねると、コメント欄が一気に反応した。


『@雷神トール:そうだが?』

『@太陽神アポロン:疑ってたの? 可愛いね』

『@冥界の神ハデス:信じようが信じまいが、現実は変わらん』

『本物だよw』


 蒼太は深呼吸した。

「……わかった。とりあえず、信じる。じゃないと説明つかないし」


 覚悟を決めた蒼太は、ダンジョンの奥へと進み始めた。


 ♢ ♢ ♢


 ダンジョン内部は石造りの回廊が続いており、松明の明かりが薄暗く通路を照らしている。


「これ、本当にゲームじゃないっぽいなぁ……」


 蒼太はスマートウォッチを確認しながら慎重に進む。配信者として培った「実況トーク」が自然と口をついて出る。


「えー、皆さん。今俺、レベル1で推奨レベル10のダンジョンに突入してるわけですが、これヤバいですよね?普通に詰んでません?」


『@戦神アレス:我が剣があれば問題ない』

『慢心しそう』

『@知恵の女神アテナ:油断は禁物です』


「ですよねー。アテナさんの言う通り、慎重にいきます」


 蒼太がコメントに反応しながら進んでいると、チャリーン♪という音が鳴った。


【@豊穣の女神デメテルからスーパーチャット:3,000円】


「回復アイテムを差し上げますわ」


 蒼太の手に、小さな布袋が出現した。中を覗くと、焼きたてのパンが3つ入っている。


【女神の恵みのパン×3】

【HP50回復】


「あ、ありがとうございます! 助かります!」

 蒼太は素直に感謝した。すると、次々にスパチャが飛んでくる。


 チャリーン♪ チャリーン♪


【@風の精霊王シルフからスーパーチャット:2,000円】

「風の祝福を。回避率が上がるよ」


【@炎の神ヘパイストスからスーパーチャット:5,000円】

「炎の耐性を授けよう」


 蒼太の身体が淡く光り、様々なバフ(強化効果)が付与されていく。


「え、えっと……皆さん、スパチャありがとうございます! でも、これ本当にお金使ってるんですよね? 大丈夫ですか?」


『@太陽神アポロン:神の財力を舐めるな』

『無限に投げられるぞw』

『@冥界の神ハデス:我々にとって貨幣など無価値。娯楽こそ価値だ』


「娯楽……」

 蒼太はハッとした。


 そうか。この神々にとって、自分の配信は「娯楽」なんだ。だったら――


「わかりました! だったら、全力でエンタメお届けします!」

 蒼太は配信者としての覚悟を決めた。


 神々を視聴者として、最高のダンジョン攻略配信をする。それが今の自分にできることだ。


「じゃあ皆さん、ここからは本気で攻略していきますよ! コメントで指示出してくれると助かります!」


 コメント欄が盛り上がる。


『おお!』

『いいね!』

『@知恵の女神アテナ:次の角を右に曲がりなさい。宝箱があります』

『攻略勢きたw』


 蒼太はアテナのコメント通りに右に曲がると、本当に宝箱があった。


「マジか!アテナさんすごい!」


【@知恵の女神アテナからスーパーチャット:1,000円】


「褒められると嬉しいですね」


 蒼太は思わず笑った。神様でも褒められると嬉しいんだ。なんだか親近感が湧く。


 宝箱を開けると、中には【初心者用の革鎧】が入っていた。すぐに装備する。


「よし、これで少しは防御力上がった!」

 蒼太が先へ進むと、突然警告音が鳴った。


 ピピピピピ!

【ボス部屋接近中】

【シャドウロード Lv.12】


「ボス!?早くない!?」

 蒼太は立ち止まった。レベル12のボス。レベル1の自分では到底勝てる相手じゃない。


 コメント欄が割れる。


『@戦神アレス:行け! 勝てる!』

『@知恵の女神アテナ:待ちなさい。準備が必要です』

『@雷神トール:逃げるのも手だぞ』

『ボス戦見たい!』

『無理すんな』


 蒼太は考えた。

 配信者として、視聴者を楽しませたい。でも、死んだら元も子もない。


「……皆さん、正直に言います。俺、怖いです」

 蒼太は率直に語った。


「でも、せっかくここまで来たし……やってみたい気持ちもある。どうしよう」


 すると、一つのコメントが流れた。


『@太陽神アポロン:君の心に従いなさい。我々は君の選択を尊重する』


 その言葉に、蒼太は心を決めた。

「……やります。でも、皆さんの助けが必要です。お願いします!」


 チャリーン♪ チャリーン♪ チャリーン♪


 一斉にスパチャが降り注ぐ。


 蒼太は笑顔で叫んだ。

「ありがとうございます!じゃあ行きま——」


 ズシャッ!!


 蒼太の首が飛んだ。

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