第十八話 蒼く瞬け銀の血潮よ
その日は、朝からどうにもおかしかった。
まず、毎日のように僕の下に訪れていたアウロラが、その日は来なかったこと。これだけならただ僕の自惚れで済む話だが、違和感はもう一つあった。
センサーで遠巻きに伺っていた彼らの里が、朝から何か異質な静けさに包まれていた。
疑念は重なり、何かあったのだろうかと思いながら。しかし自分から里に顔を出す訳には行かないから、やはり遠巻きに様子を伺っていた。
その時だった。
過敏にした聴覚センサだからこそ聞き取れた、遥か高い上空からの風切りの音。僕の頭上を通り、しかしミサイルや火器の類とは思えない熱源反応に首を傾げる。
それは緩い放物線を描きながら、ジェット噴射で速度を落としながら森中へと滑空していく。
光学センサでその軌跡の一つをクローズアップして、戦慄が走った。
翅の生えた奇妙な楕円球体、無塗装の装甲が空の色を映し煌めく。丁度その大きさは、〈機械仕掛けの化け物〉が丁度一体納まるほどの。
それが森中に無造作にばら撒かれていく。何が起こるかなど、火を見るより明らかだった。
ッ────!?
空を滑空する楕円体の一つが、アウロラの暮らす里の方へ飛んでいく。
僕は刹那の迷いもなく、彼女の里に向かって駆け出した。
◇◇◇
「──うああああっ! 嫌だッ! こっち、こっち来るなよッ!?」
「だっ、だれっだれ、たすっ、け……」
「ヅァ……ァ、ア、……イテェ、死にたくねェ……」
悲鳴、苦鳴、呻吟。地獄絵図と化した里の中を、それを作り上げた一匹の鉄の獣が悠々と徘徊する。
〈
潰れた黄金虫のような形状で、各所に積載された高性能センサーを守るように、円環の様な装甲で身体を覆っている。脚は細く、長く。その気になれば十数メートル高くから辺りを見下ろせるそれを今はいくらか折り畳み、逃げ惑い隠れる里人の頭上あたりで赤い
その後ろ姿を物陰から覗いていた若い里人が、その隙を縫って建物の外へ駆け出した。
「はっ、はっ、はっ……!」
しかし、〈アトラス〉の胴体が滑らかに
光学センサを横から挟み込むようについた二対のバレルが、男を捉え……
──撃発。
降り注いだ無数の散弾が、硬い地面を直径数メートルほどに渡って容易く抉り、その中心に捉えられた男の身体を無様な挽肉に変えた。
完全な即死。
その肉体はべちゃりと粘質な音を立てて頽れる。鮮烈な赤が、大地をまた彩る。
機甲兵器を相手取るにはその散弾は些か非力だ。しかし、こと対人殲滅においては無類の威力を発揮する。その明らかに仕組まれた意図など図り知らぬリヒティアは、ただその恐怖に慄いていた。
プラントの影、〈ネビュラ〉には見えぬ位置に隠れ、ポールにきつく抱きしめられて。
「大丈夫……、大丈夫だからなっリヒティア」
そう言う父の声も震えていて。
リヒティアは不思議な、頭がグワんと揺さぶられているよう心地だった。腹の奥で風船が膨らむような。全く現実感は無いのに、身が震え竦み、体が冷たい。
炸裂音が再び轟く。背に負ったプラントがズタズタに轢き潰されて、支えを折って頽れる。
「ッ────?!」
倒れ込んでくるプラント、父に勢いよく突き飛ばされる。地面に体を擦って、痛みに小さく喘ぐ。
リヒティアは振り返って、プラントに足を潰された父の姿を見た。
「おとう、さ……──」
そして眼前、機械仕掛けの化け物の聳え立つ威容を身仰いだ。
「ぁ…………」
返して赤い、どこまでも冷徹に揺らぐ赤い瞳に見下ろされて、リヒティアは父に駆け寄ることも、この場から逃げ出すことも出来なくなった。
────抗いがたい、欠落の気配。
何かが明確に抜け落ちていく。全身が鈍くなるように、心までが暗く落ち窪んでいく。
……堪えがたい恐怖に、押しつぶされていく。
「逃げろッ……、りひっ、ティアぁ…………!」
額に脂汗を浮かべ、ポールは声を絞り出す。恐怖に竦んで動けない娘に、今まさに奪われんとする最愛に。かつての最愛が自分に残した、唯一の忘形見に。
手を伸ばす。もはや届かない。
〈ネビュラ〉は頭を垂れて、その鈍く光る銃口を彼等に差し向ける。
撃発。──その寸前にて、
振動、激しく大地に撃ち響き、鬱蒼と茂る林を揺らす。
〈ネビュラ〉は回頭し、異変の正体を探る。取るに足らない、優先度も低い破壊目標二つ如きは後回しにして……。
近づいてくる。接近してくる。振動の周期からおそらく二足歩行、重量は数十トンを超える大型兵器。
〈──正体不明。〉
観測しなければ。それが自らの役割なれば。自らに植え付けられた、たった一つの欲望なれば。
赤い瞳がジィンと唸る。遂に正体を捉える。
それは蒼き瞳を携し鉄の巨人、鈍色の装甲を煤くれさせ、木立を砕き〈アトラス〉に迫る全高の。
《プロメテウス反応検知、機甲兵器と断定、情報送信──新規命令を受諾、》
《──交戦を開始します》
果たして、最初に動いたのは〈アトラス〉だった。
まず、軌道戦闘に適さない長細の脚部を畳み、自然落下と共に勢いよく前進し距離を縮める。
遅れて〈アトラス〉を察知した鉄の巨人目掛けて、散弾砲をぶちかます。
機甲兵器の装甲相手にこの〈アトラス〉が放つ散弾は明らかに威力不足。まして目の前の、明らかに大型な機甲兵器なればその装甲を貫徹できる可能性はゼロに等しい。
しかし、だからこそ〈アトラス〉はそれを狙っていない。近づいたのも、散弾の威力の底上げが理由では決してない。
狙いは、散弾の集中。できるだけ高い確率で、ソレを損壊できるよう。
巨人の丸い胴体に、半ば蹲るように備えられた頭部ユニット。
剥き出しになったセンサー群を。
──撃発。
弾丸の驟雨は、天に昇るように逆巻いて巨人に降り注ぐ。
弾丸がいくらか巨人の青い瞳を打ち据えて、しかし。
かまわないとでも言うように振り下ろされる巨人の腕、手の甲を押し退けて腕から生え伸びる長大なブレードが〈アトラス〉の胴体を砕き割った。
〈
リアクターとの接続もきれ、しかし〈アトラス〉に後悔は無い。もとより執着も欲望も薄い機械知性ではあるが、しかし一切の悔いは無く。
何故ならその〈アトラス〉は果たしている。鉄の巨人と交戦する以前に、それを捕捉したその時点で。
己が役目を、宿命を。
隠れ住む知性体の棲家を発見し、その幾らかを殺戮せしめ……
──逃亡していた【
十分だ、自分という存在はもう十分だ。
後の“観測”は、森中に散らばった同胞達が引き継いでくれる。もはや逃げられるとでも、振り切れるとは思わぬことだ。
溢れた〈シルバーブラッド〉は小刻みに脈動する。まるで一つの生命でもあるかのように。鉄の巨人はそれを憮然と見下ろし、足を持ち上げる。
《……人類、支配者を気取る愚かな肉塊どもめ》
〈シルバーブラッド〉は激しくうねり脈動する。蒼き光を激しく筋引き、その果てに新たな光を創造せんとするかのように。
昇華する、進化する。機械の知性が遂に◼️◼️◼️◼️を獲得し、新たな生命として産声を上げる。
《その未来に、永劫の災いをッ──》
──その寸前、巨人の足が振り下ろされた。
ただ、どこまでも無情に。
冷たく、重く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます