第十五話 通信

 アンテナ、もげちゃった。


「ごっごめんなさい……」

 

 もげたアンテナを手に乗せて、アウロラがしょぼんとうなだれる。


『いや、気にしないでいいよ、もともと壊れかかってたから、逆に今壊れてくれて良かったというか? なんというか、そういうのだから……』

「ぅう、……ごめん、なさいっ……」


 どうにか慰めようと声をかけるも、次第にアウロラの黄金の瞳からボロボロと涙がこぼれだす。僕があわあわとしているうちに、彼女の小さなしゃくりが大きな鳴き声へと変わっていった。


 こっ困った……、こういう時どうすれば子供が泣き止むのか見当がつかない。


 アンテナがもげたことについては本当にどうでもいい。主要なセンサーはアンテナに纏められていないし、アンテナで通信するような仲間は僕にはいない。


 それに一兵器の部品が、たかが子供の体重一つで容易く壊れる訳がない。もともと壊れかかっていたのも本当なのだ。


『…………』

「うぅ~、ぐすっ、ぐすっ……、」


 どうにかしてご機嫌を取ろう、でもどうすれば……


『よし、アウロラっ!』

「……ぁい?」


 ガシャリガシャリと僕の体が組み変わる。視線は高く、再び立ち上がり人型へ。


『乗って、アウロラ。少し散歩でもしよう』


◇─◇


 「わぁーッ! 高い高いッ!」


 破砕された右腕の残骸を利用した小さな揺りかごに揺られながら、アウロラが甲高い声ではしゃいでいる。


 『アウロラが楽しそうでよかった』

 「うんっ!」


 最初こそまだぐすっていた彼女だったが、普段見れない高所からの森の景色にすぐ笑顔になってくれた。


 しかしふと、その満面の笑みに陰りが差す。


 揺りかごのへりを掴む小さな掌に、もう一つ強く握られたアンテナ。


「…………」


 その様子を一瞥して、少し僕も黙りこむ。森の中を静かに歩きながら少し考えて、その小さな背中に語り掛けた。


『ねぇ、アウロラ。』

「…………」

『アウロラ?』

「……へっ、あっ! わたしねっ、そうよ、わたしはアウロラよ!?」

『?、でね、アウロラ。そのアンテナを、僕は君に持っていて欲しいんだ』

「どうして?」

『それはなんというか……、そのアンテナは僕の仲間とお話するためのものなんだ。』


 機械仕掛けの化け物共。認めたくはないが、紛れも無い今の僕の同族と。


『でも、僕はそいつらの事が大嫌いなんだ。友達どころか、友達になれそうなやつだっていない。だから壊れてくれても本当に良かったんだ。』


『それを君が持っていても、何かあるわけじゃない。君はそのアンテナを使えないし、僕らはこうやって、普通にお話すればいいんだから。君と、僕の仲間がお友達になってほしいわけでもない。だから、なんというか…………』


 駄目だ、きちんと文章を考えていた筈なのに、どうにも言葉が詰まる。


『嬉しいんだ、たぶん、君がそれを持っていてくれることが。君と仲間……というか、友達になれた気がして』

「…………」

『…………』


 ……かっ。


 考えていた以上に恥ずかしいことを口走ってしまったッ!


 ”友達になれた気がして”ってなんだよ! はずい、相手は十も年下の子供だぞ?! こんな、こんな子供にあんな小恥ずかしいことをぉ!! 

 

 機械の体になって五感を喪失して久しいというのに、妙にうなじが熱いようで胸の奥が痒い。思わず声や仕草の出力も忘れて直立不動のまま、意識だけ電子の海で悶絶する。


 ──くあぁあああああぁあぁああぁ!!


「……分かったわ」


 僕が心の中で羞恥に悶えていると、僕のアンテナをじっと見つめていたアウロラが、いつの間にか僕を見上げ返していた。


「ともだちのあかしね! ずぅっともっとく!」


 満面の笑み、晴れの日の昼の空そのもののような陽気さ体中に湛えて、アウロラが微笑む。

 僕の羞恥なんてお構いなし、あぁ、やっぱり敵わない。


 帰り道、彼女を里の近くまで送る道中もアウロラはご機嫌で、その鼻歌に耳を寄せながら僕は歩いていた。


 楽し気に揺れる彼女のつむじを見下ろして、ふと思う。


 僕の寿命はあと一年も無い。彼女と話せるのも、会えるのもそれまでだ。


 どうせ死ぬのは変わらない。


 ならそれまでに、何か。


 何か、彼女のために、してあげられることは無いのだろうか?


 ◇─◇

 

 夕暮れ時、一人の童が鬱蒼とした森を抜け里に向かう。その手には、夕焼けの橙をキラリと反射する鈍色の棒がきつく握られていた。


 錆びたトタンの壁の端、腐り落ちた穴をえっちらほっちらと潜る。その空色の髪が砂埃に汚れるのも気にせぬまま、童は手に持った棒を服の中に隠して、素知らぬ顔で家へと向かった。


「ただいまぁ!」

「あっ、おかえり、リヒティア、今日はどこ行ってたんだい?」

「いつものとこー!」


 嘘だ。最近の童──改めリヒティアはもっぱら里の外へ抜け出して遊んでいる。

 「壁を越えて、里の外へは行ってはいけないよ」ときつく父に言われているので、リヒティアは本当のことは言わないままだ。無論、大事な大事な”ともだちのあかし”も父には見せられない。


 童は小さな家の中、何やら机で仕事に勤しむ父の目から忍びながら、それを隠す場所を探し始めた。


「ん~~……」


 (かくせるばしょがないっ!!)


 リヒティアの暮らす家は、というか里の建物はどれも非常にこじんまりとしている。たいていがリビングとキッチンが一体化した一室と、小さな浴場があるだけだ。


 リヒティアの家はこれらともう一室、寝室として使われる小さな部屋があるものの、やはり手狭であることに違いはなかった。


 鈍色の棒を握りしめて、あたふたと家中を駆けまわっていると、ふとカランコロンと変な音がリヒティアの足元で鳴った。


 不思議に思って覗き込むも何もない。もしや鈍色の棒を取り落としたかと思うも、それは変わらず両の手に握りしめられていて。


「…………」


 音の正体が気になりはするものの、今はそんなことより大事なことがある。


 早くこれを隠さなければ、もし父にバレて没収でもされてしまったらたまったものでは無いと。思ってリヒティアはまた、家中をかけまわるのだった。

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