第3話『灰色の旅路と、賢者の塔』
夜が明けても、ウィスパーウッドから立ち昇る煙は、天を黒く染め続けていた。 丘の上で、三人は言葉もなく、夜通し故郷が燃え尽きていくのを見つめていた。 悲しみは、あまりに深すぎて涙にすらならず、ただ冷たい絶望となって胸に突き刺さっている。
最初に沈黙を破ったのは、ゼノスだった。
「……行こう。ここにいても、奴らが戻ってくるだけだ」
彼の声は、感情を押し殺したように低く、乾いていた。 その現実的な言葉に、リオスは燃え盛る故郷から、無理やり視線を引き剥がす。
「……ああ。行かなきゃ、な」
リオスは、膝を抱えて自分の鞄をきつく握りしめているリーナの隣にしゃがみ込んだ。 彼女の体は、時折かすかに震えているだけだった。
「リーナ、行けるか?」
リーナは返事をせず、ただこくりと頷いた。 涙は枯れ果て、その瞳は虚ろに故郷の跡地を映している。 その様子に、リオスはかける言葉もなく、唇を噛みしめた。
三人は、故郷の灰に背を向け、東を目指して歩き始めた。 ウィスパーウッド周辺の森は、子供の頃から慣れ親しんだ遊び場だったはずなのに、今は全ての木々が敵意を宿しているかのように、冷たく三人を窺っている。
その日の夕暮れ、ゼノスが森の奥に小さな洞窟を見つけた。 火を熾すと、ぱちぱちと木がはぜる音が、不気味なほど静かな森に響く。 ゼノスが仕留めてきた兎を、リオスが黙々と焼いていく。 数時間前まで当たり前にあった「日常」が、今は生きるための必死の行為に変わっていた。
焼けた肉を分けても、リーナはほとんど口をつけようとしなかった。 リオスが案じて声をかけようとした時、ゼノスが静かに口を開いた。
「あの騎士……奴が持っていた大剣、紫の光を放っていただろう」
リオスが頷く。 あの禍々しい光は、脳裏に焼き付いて離れない。
「あれは、最高純度の『星晶銀』を使った武器の特徴だ。そんな代物を扱えるのは、大陸の裏で暗躍する『闇の一族』くらいのもんだ。奴らは古代文明の遺物を専門に狙う盗掘師であり、暗殺集団でもある」
「闇の一族……」
初めて聞く名に、リオスは眉をひそめた。
「なぜ、そんな奴らがリーナを?」
「さあな。だが、奴らが『大いなる仕掛け』とやらに関わっているとすれば、話は繋がる。俺の『繋がり』から得た情報じゃ、奴らは最近、天蓋山脈の麓で何かを探しているらしかった」
その時、ずっと黙っていたリーナが、震える声で言った。
「……賢者の塔へ、行かないと」
彼女は鞄から、命懸けで持ち出した古文書の一枚を広げた。 そこには、霞んだインクで描かれた古い地図が記されている。
「グラン村長の言葉通り、東の果て、霧深きエルドラ山脈のどこかに、賢者の塔はある。そこは、古代文明の知識がそのままの形で保存されている、伝説の場所なの。もし、あの騎士たちの目的と『大いなる仕掛け』の謎を解く鍵があるとしたら……そこしかないわ」
リーナの瞳には、まだ悲しみの色が深く沈んでいたが、その奥には、謎を解き明かさずにはいられないという、研究者としての強い光が戻っていた。 それを見て、リオスとゼノスは静かに頷き合った。
目的は、定まった。 故郷を奪った者たちの正体。 リーナに託された古代の謎。 そして、グランが命を賭して示した道。
翌朝、洞窟を出た三人の顔に、もう迷いはなかった。 悲しみと怒りを胸の奥深くに沈め、ただ前だけを見据えている。 目の前には、見知らぬ森と険しい山々が、どこまでも続いていた。
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