白き火の継承者
すぱとーどすぱどぅ
第1話 プロローグ
世界は、燃えていた。
灰色の空。
焦げた大地。
その中央に、ひとりの少女が立っていた。
銀色の髪を灰に散らし、
両手から零れ落ちるのは――
白く、透きとおった炎。
……やめて……もう、これ以上は……
少女の叫びもむなしく、
炎は世界の境界を焼くように広がり続ける。
逃げて……誰か……
その声に応える者は、どこにもいなかった。
少女は膝をつき、涙をこぼした。
白い炎は、本来救いの力。
大いなる災厄を癒やす、唯一の希望。
だが。
それは時に、すべてを奪い取る。
少女はそっと目を閉じた。
ごめんなさい……私が……もっと強ければ……
炎が真正面から少女に迫る。
彼女の身体を飲み込み、
そして視界は白に染まった。
その瞬間。
誰かの手が、少女の腕をつかんだ。
生きろ。
世界が滅ぶとしても……お前だけは
その声は優しく、強く、
だけど悲しみに染まっていた。
少女は振り返る。
だが視界が歪み、その姿を認識する前に――
世界は暗転した。
そしてすべてが始まる少し前の物語へと戻る。
第一章:灰の街の少女
少女の名は レナ・アルフェリエ。
灰の街コルンに暮らす、十五歳の孤児だった。
燃える森の中でひとり倒れていたのを、
拾われたのは八年前。
記憶の大半は失われていて、
名前だけがかすかに残っていた。
白い髪が珍しいという理由で
人々からは少し距離を置かれていたが、
彼女自身は気にしてはいなかった。
本当は、気にしていた。
けれど、心を閉じるのは慣れている。
思い出そうとすると胸が痛む記憶がある。
名前の他に、微かに焼き付いた面影。
誰かが手を取ってくれた記憶。
でも、誰だったのか思い出せない。
ある日の朝。
市場へ向かう道で、レナは空を見上げて足を止めた。
灰色の雲に、赤い光のひびが走る。
嫌な予感がした。
この世界ヴァルディアで赤い空は吉兆ではない。
魔物の発生、災厄の前兆とされている。
……また、来るの?
胸の奥に鈍い痛みが走る。
この感覚は、誰にも理解されない。
自分でも理由がわからない。ただ――
何かが起きるたび、自分が関係している気がする
それが怖かった。
レナは身体を抱きしめ、小さく震えた。
そんな時だった。
おい、そこの白髪!
突然、後ろから声が響く。
振り返ると、青年が立っていた。
真紅のマント。
黒髪に金の瞳。
鋭い目つきなのに、不思議と温かさを感じる。
旅人のようで、戦士のようでもある。
……あなたは?
青年はまっすぐにレナを見つめた。
その瞳は、何かを探し当てたようだった。
やっと見つけた。
白火の継承者
レナは息を呑む。
白火……? 私は……
詳しくは後だ。
だが一つだけ言える。
青年はゆっくりと歩み寄り、
小さな声で告げた。
お前が動かない限り、この街は今日、滅ぶ
レナの心臓が跳ねた。
な、なんで……そんな……
青年は腰に下げた剣に手を当て、空を指した。
赤い亀裂が、さらに広がっていた。
災厄の獣レグノアが来る。
本来ならまだ先のはずが……
お前の力が反応したんだ
レナは震えた。
私の……力……?
私なんかが……災厄を呼び寄せたの……?
青年は静かに首を振った。
違う。
災厄を癒す力が、お前にはある。
だからこそ呼ばれたんだ
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
救う力?
私が?
青年はレナに手を差し伸べた。
来い。
これ以上、誰も失いたくないんだ
その声は、どこか悲しげだった。
レナの記憶のどこかを掻きむしるような響き。
レナは気づいた。
誰かがかつて、この声で自分に言った。
生きろ と。
……あなたは……誰……?
青年は短く名乗った。
カイル。
滅炎の騎士だ
そして、世界の崩壊が始まる。
レナの物語も。
灰の街コルンの中央広場は、いつもより静かだった。
市場の商人たちは、赤く染まった空を見上げ、
仕事の手を止めてざわついていた。
変な空だな
災厄の前触れじゃなきゃいいけど……
レナは胸がざわついていた。
赤い空を見るたびに、
胸の奥が熱く、苦しくなる――
白火の気配
それが何なのか、レナはまだ知らない。
ただ、怖かった。
レナ
振り返ると、
真紅のマントを揺らす青年――カイルが立っていた。
先ほどの鋭い声とは違い、
今は驚くほど穏やかな目をしている。
大丈夫か?
レナは小さく頷いた。
怖い。でも、どうして私にそんなことを言ったの?
災厄は呼ばれるんだ
カイルは空を見上げた。
街の上空を裂くように、赤い亀裂が広がっていく。
まるで何かがそこから生まれようとしているように。
呼ばれる……?
世界には、存在そのものが災厄を惹きつけるものがある。
それは大抵……強すぎる力を持つ者だ
カイルの視線がレナの左胸――
薄く脈打つ白い痣へと向いた。
やっぱり……これのせい……?
レナは思わず手で隠す。
誰にも見せたことのない印だった。
カイルは首を振った。
せいじゃない。
お前の力は災厄を呼んだんじゃない。
災厄から世界を守ろうと反応したんだ
レナは息を呑んだ。
そんな……私なんか……
それでもだ。
お前が目覚めたから、災厄は動く。
そして――お前しか止められない
レナは震えた。
私じゃ、無理だよ……!
無理じゃない。
お前はもう、一度世界を救った
え……?
その意味を問う間もなく――
広場の上空が、裂けた。
バキィィィッ!!!
赤い空から、黒い霧が流れ落ちる。
霧は地面に触れた瞬間、形を変えた。
腕のようなものが伸び、
無数の目が開き、
黒い巨獣が姿を作り始める。
な……に……あれ……?
災厄の獣レグノアだ
まだ未成熟だが……街ひとつ潰すには十分だ
レナは凍りつく。
足がすくんで、眠るように動かない。
そんなレナの肩に、
カイルはそっと手を置いた。
レナ
っ……なに……?
死ぬのが怖いのはいい。
逃げたくなるのも、間違いじゃない
黒い巨獣が咆哮する。
地面が震え、人々が逃げ惑う。
カイルは剣を抜き、
レナの手をとった。
その手は、あの日の記憶と同じ温もり。
でも――
お前が一歩踏み出さなきゃ、この街は誰も生き残れない
レナの中で、何かが疼く。
胸の奥が熱い。
怖さよりも、走り出したい気持ちがじわりと広がっていく。
どうすれば……どうすればいいの……?
その問いに、
カイルは一度だけ深く頷いた。
答えはお前の中にある。
白火の継承者――レナ
黒い霧が雷のように爆ぜ、
獣が完全な姿を現す。
赤い空のもと、戦いが始まる。
レナの運命も――動き出した。
災厄の獣レグノアが、広場へ完全に降り立った。
黒い霧が渦を巻き、
歪んだ獣の形を成す。
目は怒りに燃え、
地面に触れる度に石は腐り、
建物が悲鳴を上げるように崩れていく。
逃げ惑う人々の声が重なる。
助けて!!
魔獣だ!でかすぎる!!
こんなの、もう……!
恐怖が街全体を覆った。
レナはその中心で立ち尽くしていた。
足は震え、
呼吸は浅く、
胸の奥の何かがうずき続ける。
カイルは剣を構え、レナの前に立った。
レナ。俺がレグノアを引きつける。
お前は後ろに下がって――
……待って
レナの声は震えていたが、
確かにカイルを止めていた。
逃げても……もう、この街は助からないんでしょう?
カイルの瞳が揺れる。
だからって、レナが戦う必要は――
あるよ
レナは胸を押さえていた。
熱い。
苦しい。
でも、その奥で光が脈打つ。
やらなきゃいけない
その直観だけが強くなっていた。
レグノアが咆哮する。
大地が波打つ。
カイルは叫ぶ。
レナ、離れろ!!
だがレグノアの一撃は、
レナへ一直線に放たれた。
黒い腕のような霧が伸び、
大地ごと薙ぎ払う。
レナは目を見開いた。
怖い。
死ぬ。
嫌だ。
その瞬間。
胸の奥が、焼けるように熱くなった。
……やだ……!
レナの足元から、光が漏れた。
次の瞬間、
白い炎が噴き上がった。
っ!!?
カイルが驚いて振り返る。
レグノアの攻撃は、
レナに触れる直前で止まった。
触れた瞬間、黒い霧が弾け飛んで消えた。
炎は、白く透明で、
しかし中心に熱と冷たさを同時に感じさせる
矛盾した存在だった。
レナは震えていた。
なに……これ……?
身体が、自分の意思とは関係なく光に溶けていくようだった。
カイルは目を見開いた。
白火……!
レナ、落ち着け!その力はまだ制御できない!!
むり……こわい……止まらない……!
胸の霊紋が淡く光る。
ドクン。
脈打ち――
ドクン。
世界が白に染まっていく。
レナは自分が何かを壊す存在になっていく恐怖で
涙を流した。
やだよ……わたし、こんな……!
白火は、彼女の感情に反応する。
恐怖が燃料となり、炎はさらに暴れ出した。
レグノアもそれを感じ、
怯えたように後ずさった。
グ、グォォォオオ!!
街の外へ逃げようとする。
だが白火の奔流はそれを許さない。
光が走る。
炎が纏わりつく。
獣の巨体を白い繊維が縛るように締めつける。
カイルはレナへ駆け寄った。
レナ!止めろ!
このままだと、お前の身体が……!
レナの目から涙があふれた。
わからない……こわい……助けて……!
白い炎が、空へと噴き上がる。
街全体が光に包まれる。
人々は震え、恐怖で崩れ落ちた。
な、なんだこの光……
災厄より……恐ろしい……!
白火は――制御できなければ災厄をも超える。
その瞬間、カイルはレナを強く抱きしめた。
レナ!!聞いてくれ!!
お前はひとりじゃない!!
落ち着け!!
俺がいる!!
レナの叫びが、光にかき消される。
こわいよぉ……!!
大丈夫だ!!
俺が、お前を守る!!
その言葉が胸に響き、
レナの心が――一瞬だけ静まった。
白火が、わずかに弱まる。
レグノアがもがくように吠える。
今だッ!!
カイルはレナを抱きかかえたまま跳び、
獣の懐へ飛び込んだ。
白火がレグノアの核――黒い結晶を貫いた。
獣は悲鳴を上げ、
空へと霧散していった。
光が収まり、
静寂が訪れる。
レナの身体が力なく倒れ込み、
カイルが支えた。
レナ……!
レナは震えながら、弱々しい声で呟いた。
こわい……私……怖いよ……
この力……全部……壊しちゃう……
カイルはその手を握りしめた。
壊させない。
お前は独りじゃない。
絶対に、俺が守る。
その言葉に、レナの瞳が揺れる。
赤い空は、静かに消えていった。
しかし。
この出来事は――
世界中に白火の復活を知らせる狼煙となった。
彼女はまだ知らない。
この一夜が、世界の争奪を生むことを。
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