第19話「それぞれの想い」
三人が協力することを決めてから数日。村での日常は、より穏やかになっていた。
朝、ユイが小屋にやってきた。いつものように朝食の籠を持っている。でも、今日は少し様子が違う。どこか緊張している感じだ。
「おはようございます、アキトさん」
「おはよう、ユイさん」
「あの、今日……一緒に畑仕事してもいいですか?」
「もちろん。いつも手伝ってくれてるじゃん」
「いえ、今日は……二人きりで」
ユイは少し顔を赤くした。二人きり?別に普通のことだと思うけど、ユイは何か特別な意味があるみたいだ。
「いいよ。じゃあ、朝食食べたら行こうか」
「はい!」
ユイは嬉しそうに笑った。その笑顔が、朝日に照らされて綺麗だった。
畑に着くと、朝露がまだ残っていた。草の上に光る水滴が、キラキラしている。ユイは籠から手袋を取り出して、俺に渡してくれた。
「今日は、人参の収穫をしましょう」
「分かった」
二人で並んで、人参を抜き始める。土が柔らかいから、簡単に抜ける。立派な人参だ。大きくて、色も鮮やかだ。
「今年の人参、本当によく育ちましたね」とユイが言った。
「そうだね」
「アキトさんのおかげです」
「いや、ユイさんがいつも手伝ってくれるからだよ」
ユイは少し照れたように笑った。それから、また人参を抜き始める。しばらく黙って作業していたけど、ユイが口を開いた。
「アキトさん」
「ん?」
「私、この村で料理を作り続けたいんです」
「うん、知ってる」
「でも、それだけじゃなくて……」
ユイは手を止めて、俺を見た。「アキトさんと一緒に、ずっとこうしていたいんです」
「……うん」
「畑仕事して、一緒に料理して、一緒に食べて」
ユイは少し涙ぐんでいる。「そんな日々が、ずっと続けばいいなって」
「俺も、そう思うよ」
「本当ですか?」
「本当」
俺はユイの頭に手を置いた。「ユイさんがいてくれると、毎日が楽しい」
「……ありがとうございます」
ユイは涙を拭った。でも、笑顔だ。嬉しそうな笑顔。
「アキトさんがここにいてくれる限り、私も頑張れます」
「俺も、ユイさんがいてくれるから頑張れるよ」
二人で笑い合った。それから、また人参を抜き始める。静かで、穏やかな時間。でも、心は温かい。ユイと一緒にいると、いつもこうだ。安心する。落ち着く。
「アキトさん」
「ん?」
「これからも、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ユイは嬉しそうに笑った。その笑顔が、俺の心を温かくした。
昼過ぎ、セシルが訪ねてきた。
「アキト様、少しお時間よろしいですか?」
「もちろん。どうしたの?」
「温泉の掃除を手伝っていただきたいのです」
「温泉の掃除?」
「はい。最近、巡礼者が増えて、少し汚れてきたので」
確かに、温泉は毎日たくさんの人が使っている。定期的に掃除しないと、汚れが溜まる。
「分かった。一緒にやろう」
「ありがとうございます」
セシルは嬉しそうに微笑んだ。
温泉に着くと、セシルは掃除道具を用意していた。箒、雑巾、桶。全部揃っている。準備がいい。
「じゃあ、始めようか」
「はい」
二人で温泉の周りを掃除する。落ち葉を掃いて、石を拭いて、湯船の縁を磨く。地味な作業だけど、やってみると意外と楽しい。セシルは真剣な顔で掃除している。丁寧で、几帳面だ。
「セシルさん、掃除上手だね」
「ありがとうございます。修道院で、毎日掃除をしていましたから」
「そうなんだ」
「はい。朝早く起きて、聖堂を掃除するのが日課でした」
セシルは少し懐かしそうな顔をした。「あの頃は、ただ義務だと思っていました」
「今は違うの?」
「はい」
セシルは俺を見た。「今は、お役に立ちたいからやっています」
「お役に立ちたい?」
「アキト様のお役に立ちたいんです」
セシルは真剣な顔だ。「アキト様は、私に本当の幸せを教えてくださいました」
「俺、何もしてないけど……」
「いいえ」とセシルは首を振った。「アキト様は、ただ一緒にいてくださるだけで、私を幸せにしてくださいます」
セシルは少し顔を赤くした。「洗濯を教えてくださったり、お茶を飲んだり、子どもと遊んだり」
「……うん」
「そういう、普通のことが嬉しいんです」
セシルは微笑んだ。「だから、私もアキト様のために何かしたい。お役に立ちたいんです」
「ありがとう、セシルさん」
「いいえ」
セシルは嬉しそうに笑った。「これからも、一緒にいさせてください」
「もちろん」
二人で掃除を続ける。静かで、穏やかな時間。セシルの横顔を見ると、幸せそうだ。俺も、セシルといると安心する。真面目で、優しい人だ。
「セシルさん」
「はい」
「俺も、セシルさんがいてくれて嬉しいよ」
「……本当ですか?」
「本当」
セシルは目に涙を浮かべた。でも、笑顔だ。
「ありがとうございます。それだけで、十分です」
夕方、リズが訓練場に来いと言ってきた。
村の外れに、簡易の訓練場がある。リズが作ったらしい。木の杭が並んでいて、的も置いてある。
「師匠、見ててくれ」
「何を?」
「俺の訓練」
リズは木剣を持って、杭に向かった。それから、素早く動いて、杭を斬る。速い。正確だ。一つ、また一つと、杭を斬っていく。
「すごいな」
「まだまだだ」
リズは息を切らしている。でも、満足そうな顔だ。
「師匠に見てもらいたかったんだ」
「なんで?」
「お前の前だと、頑張れる」
リズは笑った。「変だよな。お前は戦わないのに」
「うん、戦わない」
「でも、お前といると、強くならなきゃって思わなくなる」
リズは木剣を置いた。「前は、強くなることが全てだった。でも、今は違う」
「……」
「強くなくても、生きていける。お前がそれを教えてくれた」
リズは俺を見た。「だから、今は自分のために訓練してる」
「自分のために?」
「ああ。強くなりたいからじゃない。体を動かすのが好きだから」
リズは笑った。「それでいいんだって、お前が教えてくれた」
「そっか」
「師匠、ありがとな」
リズは照れたように笑った。「お前のおかげで、俺は楽になった」
「俺は何もしてないよ」
「いや、してる」
リズは真剣な顔をした。「お前は、俺に生き方を教えてくれた」
「……」
「これからも、師匠についていく。お前みたいに生きたい」
リズは嬉しそうに笑った。「だから、ずっと一緒にいてくれ」
「うん、もちろん」
リズは満足そうに頷いた。それから、また木剣を持って、訓練を続ける。その姿を見ていると、なんだか誇らしい気持ちになる。リズは、自分の道を見つけたんだ。
夕焼けの時間。四人で丘に登った。
村が見下ろせる場所だ。夕日がオレンジ色に染まって、村を照らしている。畑も、家も、温泉も。全部が、温かい色に包まれている。
「綺麗ですね」とユイが言った。
「はい」とセシルが頷いた。
「だな」とリズが笑った。
四人で並んで座る。誰も何も言わない。ただ、夕焼けを見ている。静かで、穏やかな時間。でも、心は温かい。
「アキトさん」とユイが言った。
「ん?」
「私、思うんです。幸せって、こういうことなのかなって」
「こういうこと?」
「はい。大切な人と一緒に、綺麗な景色を見て、ただそこにいる」
ユイは微笑んだ。「それだけで、幸せです」
「私もです」とセシルが言った。「アキト様と一緒にいられる。それだけで、十分幸せです」
「俺もだ」とリズが続けた。「師匠と、みんなと一緒にいられる。それが幸せだ」
三人は俺を見た。俺は少し照れくさくなって、空を見上げた。
「俺も、みんなといられて幸せだよ」
「本当ですか?」とユイが聞いた。
「本当」
「嬉しいです」とセシルが微笑んだ。
「よかった」とリズが笑った。
四人で、また夕焼けを見る。静かで、温かい時間。こういう時間が、ずっと続けばいい。そう思った。
夜、一人で小屋に戻った。
今日は色々あった。ユイと畑仕事をして、セシルと温泉掃除をして、リズの訓練を見て、四人で夕焼けを見た。充実した一日だった。
「みんな、それぞれ想いがあるんだな」
呟く。ユイは一緒にいたい。セシルは役に立ちたい。リズは生き方を学びたい。三人とも、違う想いを持っている。でも、どれも温かい想いだ。
「俺は、何を想ってるんだろう」
考える。みんなといたい。それは確かだ。でも、それだけなのか?もっと何か、あるような気がする。でも、分からない。
窓の外を見る。星が出ている。いつもの星空。変わらない、静かな夜。
「まあ、いいか」
そう呟いて、ベッドに横になった。考えても仕方ない。今は、みんなといられる。それで十分だ。
目を閉じる。今日のことを思い出す。ユイの笑顔、セシルの涙、リズの満足そうな顔。みんな、幸せそうだった。
「俺も、幸せだな」
そう思いながら、眠りについた。
その頃、三人はそれぞれの部屋で考えていた。
ユイは窓の外を見ながら、今日のことを思い出していた。アキトと一緒に畑仕事をした。二人きりで。嬉しかった。幸せだった。
「アキトさん……」
小さく呟く。アキトのことを考えると、胸が温かくなる。これが、恋なのかな。まだ分からない。でも、一つだけ確かなことがある。
「ずっと、一緒にいたい」
セシルは手を合わせて、祈っていた。でも、祈っているのは神にではなかった。
「アキト様……」
彼のことを想う。一緒に掃除をした。役に立てた。嬉しかった。これからも、ずっと側にいたい。
「これは、恋なのでしょうか」
小さく呟く。分からない。でも、アキトのことを考えると、心が温かくなる。それだけは、確かだ。
リズはベッドに横になって、天井を見ていた。今日、師匠に訓練を見てもらった。褒めてもらった。嬉しかった。
「師匠……」
呟く。師匠のことを考えると、心が軽くなる。もっと強くならなきゃ、という重圧がなくなる。自分のために生きていい、と思える。
「ずっと、ついていくからな」
そう呟いて、目を閉じた。
四人は、それぞれの想いを抱きながら、夜を過ごした。明日も、一緒にいられる。それが幸せだ。
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