第二話 やわらかな声

院長に頼まれて、ホームページの改修を進めることになった。

小さな歯科医院には似合わないほど新しい計画で、正直、少し面倒だと思っていた。


その打ち合わせでやって来たのが、貴史だった。三十代後半のWEBデザイナー。


最初の印象は“清潔”だった。身なりが整っているとか、香水がするという意味ではない。空気を乱さない人。彼の周りには、余計な音がしなかった。


スタッフの間では「モテそうだよね」と噂されていた。実際、そういう雰囲気をまとっている。でも、軽くはない。


笑うとき、ほんの一瞬、目を伏せる。そのが、不思議と心地よかった。


「ここ、光が硬いですね」

モニターを指しながら、彼が言った。


「光?」


「はい。背景の白がちょっと強い。もう少し柔らかい感じにした方がいい。……美月さんの声、やわらかいから」


唐突に名前を呼ばれて、心が跳ねた。

ああ、私の声。

自分の嫌いな部分を、いきなりすくい上げられた気がした。


私は自分の声がずっと苦手だった。電話越しでは少し張り上げたように響いて、冷たく聞こえる。

患者に説明するときも、「明るく」「元気に」を意識しすぎて、どこか嘘っぽくなる。


元夫にも言われたことがある。

「お前の声、電話だと怖いんだよな」


それ以来、私は自分の声を信用できなくなった。声のトーンを選ぶようになった。親しい人にも、仕事の声で話すようになった。


「やわらかい、ですか?」


「うん。落ち着く。だから、サイトもそういう温度感で作りたいんです。美月さんの声みたいに、やわらかくて、でもちゃんと芯がある感じで」


冗談っぽくはなかった。彼の表情は真剣で、言葉のどこにもびがなかった。


――芯がある。やわらかい。


誰も私をそんなふうに評したことはなかった。「しっかりしてる」「頼れる」「強い」。そんな言葉ばかりで、「やわらかい」なんて、一度も言われたことがない。


彼の言葉が、胸の奥の柔らかい場所に、そっと触れた。そこにまだ“やわらかさ”が残っていることに、自分で驚いた。


打ち合わせの間、私は不思議と自分の声を意識しなくなっていた。彼に話すときだけ、自然に言葉が出てくる。トーンが優しくなる。“作ってない声”が出る。


人は、自分のことをまっすぐに見られると、一瞬、呼吸を失ってしまうものらしい。そして、次の瞬間に息を取り戻す。これが「心が動く」ということなのかもしれない。


打ち合わせが終わり、エレベーターを待ちながら、私は彼の背中を見ていた。広くも狭くもない、静かな背中。それを見ながら、奇妙な感情が湧いた。


――この人は、私の“声”の奥を見ている。


そう思ったら、息を吸うたびに胸の奥が温かくなっていった。

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