02 破

 ……あいかわらず、天気ははっきりしない。

 ぐずついている。

 まるで、この時代を象徴するように。


「ほしたら、けぇ言われての、今、こうしておる」


 後醍醐天皇ごだいごてんのうは正成に「死ね」と明言しなかったが、尊氏討伐の勅命を出した。

 ただ、正成の考えは伝わったはずだ。

 この戦い、勝ちはない。

 ということを。


 正成はあごをがりがりと掻いた。

 後醍醐の苦衷もわかる。

 建武の新政は文字通り、新しすぎた。

 また、後醍醐は新制度や組織を考えるのは得意だが、では実際の運営、運用となると不得手だ。

 要は、立法はできても行政はできないし、ましてや寝技が必要な「政治」ができない。

 このあたり、最初から皇位と縁がなかったにもかかわらず、成り行きで「つなぎ」として天皇となった後白河法皇とはちがう。

 後醍醐もまた「つなぎ」の天皇ではあるが、皇位につくことは、ある程度は予期されていた。

 つまりは上に立つことがわかっていたため、そのような「政治」をおこなうことがなかったのである。


「そういうんができたら、ここで討ち死にせよとの明言しておけば、敵にも、この戦いがどういうものか、教えられたんやないか」


 正行まさつらは父の言うことを必死で理解しようとしていた。

 勝ち目のない戦いに行かされることはわかった。

 だけど、わからないことがある。

 それは、未だ少年に過ぎないとはいえ、元服している正行をなぜ河内に帰すのか。

 正成に問うと、その答えは想像を絶した。


「……それが、太平のためやからや」


「太平?」


 正成が倒れても、なお正行が立ち上がって、闘争に挑む。

 そのためでは、ないのか。


「ええか、この父が赤坂や千早で戦ったんは、そも、太平のためや」


 後醍醐天皇を帝位へと戻すためではないのか。

 幕府を倒すためではないのか。

 正行の問いに、正成は首を振った。

 それは結果論であり、本来の目的はそうでなかったと言う。


「あんな」


 正成は、正行の肩を掴んだ。

 あとから思えば、それは、大事なことを教えている、と知らしめたかったのかもしれない。


「あんな、まず、倒幕ちゅうのがや。足利がしたくして、それに新田が乗った……ちゅうのが、ほんとうやと思うとる」


 千早・赤坂の戦いにおける正成のねらいは、割拠だった。

 後醍醐に京へ還御してもらい、西国は後醍醐の治権に服する──つまりは、承久の乱以前に戻すことにあった。


「そうなれば、少なくとも、西国はみかどのもんや、みかどのやりたいようにまつりごとができる」


 正成が挙兵する前は、「悪党」と呼ばれる、まつろわぬ武士などが跋扈し、世は乱れつつあった。その「悪党」狩りで名を上げた正成は、次第にその「悪党」たちが、当時のいびつな土地支配の結果、生まれたと判じた。

 たとえば、荘園には京の公家なり寺院なりの領主がいて、荘園の現地には地頭として武士がいる。

 武士は、私的に土地を差配しており、それを領主のお目こぼしをもらっているにすぎない。

 そこを解消したのが源頼朝だが、彼は東国中心の武士団の親玉、西国の荘園がどうなるかは、そこは東国の武士たちの恣意が入った。

 おまけに公家や寺院も好き勝手にして、荘園現地の武士は、気がついたら追い出され、土地なしにされてしまう例が散見した。


「裁きもまあ、駄目やったな。三百年も土地返せ土地返せ、いう寺があってな、もうアカン思たら、それ通しよって。おかげで荘園の地頭は泣きを見たんや」


 泣いた地頭を退治したのは、当時得宗被官だった正成であるが、それは正成にとって忸怩たる思いを抱かせた。

 その思いが、やがて後醍醐の描く、新しいまつりごとへと吸い寄せられて、大きくなっていく。


「……そのためにまあ、大勢、死なせた。せやから、わいは逃げられん」


「そんな」


「せやけどな、お前は別や。お前はまだ、誰も死なせてへん」


 正行はまだ初陣をしていない。

 つまり、まだ公的に人を殺していない。

 後醍醐のまつりごとのために、人を死なせていない。

 だから、これ以上付き合うことはなないと、正成は言った。


「わいは駄目や、元弘の時以来(元弘の乱。千早・赤坂の戦いなど一連の鎌倉幕府倒幕運動)、ぎょうさん人ぉ死なせとる。それが今、引き返すぅなんて、よう言われへん」


 正成は、後醍醐のまつりごとを成すため、成ったあともそれを保つために、大勢殺した。

 だから引き返せないと言う。

 殺した責任を果たすためにも引き返せない。


「そんなことをおっしゃいますな、父上。死んだ方々に責められているわけでもありませんし」


「……ま、そういう理屈もあるわな」


 ある程度認めておいて。

 その実、認めず、そもそも死者への責任より、もっと重いものを父はかかえているような気がする。

 正行は問い、詰める。


「なぜそこまで戦うんですか。勝ち目はないとは言いません。それでも、勝算は少ない。死ぬ。このままでは、死にます。死者への責とおっしゃるなら、なんで自分も死ぬのですか? それではまるで、父上の死を、みかどにその責を……」


「みなまで言うな」


 正行の口に手のひらが当てられた。

 それ以上は、不敬になる。

 正成の目が、そう言っていた。


「お前の言うことはようわかった」


 だから、ほんとうを教えてやろう。

 正成はそう言った。


 ――はっきりとしない天気だったが、そこに、一条の陽光を見たような気がした。

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