第20話



「ふ、復讐……?」



 ルカの言葉にエレノア夫人は戸惑う。



「ええ。貴女がハイマム侯爵のレオナルドやその息子のベルモンドにされた仕打ちは酷すぎる。貴女がハイマム侯爵家に復讐をしても神は赦してくれるはずです」


「…で、でも…」



 自分が酷い扱いを受けていることはエレノア夫人も理解しているのだろう。

 ルカの申し出など本来すぐに断るべき内容だ。


 しかしエレノア夫人はルカの瞳を見つめてくる。

 その瞳は不安と戸惑いと共にルカに救いを求めるように揺れていた。



「突然、貴女の前に現れた私の言葉を信用するのは難しいと思います。ですが私は貴女と同じハスターシャ国の血を引く人間です。貴女が本当に怒っていらっしゃるのはレオナルドでもベルモンドでもなく同じ一族でありながら貴女を切り捨てる選択をしたレーシア妾妃ではありませんか?」


「…っ!」



 的確に自分の心情を汲み取られたエレノア夫人は言葉に詰まる。

 ハスターシャ国では一族を大事にして助け合う絆が強い一方で同じ一族の者を傷つけたり不利な立場に追い込む者がいた場合はその者を強く非難し忌み嫌う傾向がある。


 自分の異母妹の結婚の話をレーシア妾妃が知らない訳はない。

 エレノア夫人もレーシア妾妃の一族であるのに自分が皇太后になるためハイマム侯爵家との協力体制を強固なものにしようとエレノア夫人を排除して異母妹を将来のハイマム侯爵夫人にしようと考えた可能性がある。


 このヨーロアン王国では権力を握るためにそれぐらいのことはよくあることなのだがハスターシャ国ではそういう方法は嫌われている。

 だからエレノア夫人が今回の件で最も怒り憎む相手はレーシア妾妃だとルカは推測したのだがエレノア夫人の反応でその推測が当たっていたことが分かった。



「このままでは貴女はサリア嬢と手切れ金さえもらえず路頭に迷う可能性もあります。でも私に協力してくれるならハイマム侯爵家に復讐をした後も貴女とサリア嬢が生活に困らないようにするとお約束しましょう」


「あ、あの…どうして私のことをそこまで考えてくださるのですか?」


「ハスターシャ国の血を引く私が同じハスターシャ国の出身の貴女を助けるのに何か理由がありますか? レーシア妾妃は権力に目が眩み自分がハスターシャ国の出身ということを忘れてしまったようですが」


「……そうですわね。レーシア妾妃様はもうこのヨーロアン王国の人間なのでしょう。…それでルカ様もハイマム侯爵家に何か恨みでもあるのですか?」



 エレノア夫人はどこか寂し気な表情を見せた後に今度は強い眼差しをルカに向けてくる。



「そうですね。恨みというかある理由でハイマム侯爵家の失脚を望んでいます。これ以上は今はお話できませんが私に協力していただくには条件があります」


「私にハイマム侯爵家を失脚させる協力をしろと言って詳細は秘密にしてさらに条件を付けるルカ様を信用しろというのは難しくありませんか?」


「分かっています。だからお互いに信用し合う為にエレノア夫人と愛し合うことが私からの条件です」


「なっ!?」



 驚きに目を瞠りエレノア夫人はルカを見つめた。

 エレノア夫人の顔が朱に染まる。



「私ではエレノアの相手には不足ですか?」


「で、でも、もし関係を持って子供ができたら…」



 ベルモンドやレオナルドにされた仕打ちがエレノア夫人の頭に浮かんでいるのだろう。

 ルカは安心させるように優しくエレノア夫人に微笑む。



「もし私との子供ができたら責任を持って貴女を私の妻とします。しかし私自身は男爵の爵位しか持っていませんからエレノアが男爵夫人にはなりたくないと言うのなら諦めますが生まれる子供と貴女とサリア嬢の生活が困らないようにしますので安心してください」



 しばらくの沈黙の後にエレノア夫人は息を吐き出した。



「……分かりました。ルカ様を信じます」


「ありがとうございます、エレノア。では数日中に逢引きの場所を貴女に報せます。そこで貴女を愛した後にハイマム侯爵家に復讐するために貴女に協力して欲しいことをお話します」


「……はい……」



 今回のエレノア夫人のことはルカにとっても危険な賭けだ。

 エレノア夫人がルカのことをレオナルドに話してしまえばルカが罰せられる可能性もある。


 どんなことがあってもルカはイザーク王太子からの命令だったと口を割る気はないがルカの実家のシルヴァラン伯爵家を巻き込むことになるかもしれない。

 しかしルカはなぜかエレノア夫人がルカを裏切ることはないと確信できるのだ。



(リオン隊長には親衛隊らしくないと怒られそうだが…)



 そう思いながらルカは頬を朱に染めたエレノア夫人の手にもう一度キスをした。



 

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