第16話



「ルカ。貴方ももう27歳でしょ? 気楽な四男とはいえそろそろ妻を娶って身を固めたらどうなの?」



 最近口うるさく「結婚しろ」と言ってくる自分の母親にルカは小さく溜め息を吐く。

 ルカの家はシルヴァラン伯爵家。伯爵家自体は長兄が継ぐことになっている。


 シルヴァラン伯爵家は爵位こそ伯爵だがこの国では古くから続く名門の家だった。

 そのため昔は王族の姫が降嫁したこともある。だがシルヴァラン伯爵家が誇るのはその血筋だけではない。


 ルカの曽祖父が始めた貿易業の商売が大当たりしてシルヴァラン伯爵家はヨーロアン王国内の指折りの富豪として現在存在している。

 商売の才能はルカの祖父、父、長兄と受け継がれていて栄華を誇っているためシルヴァラン伯爵家と縁戚になりたい貴族はたくさんいた。


 ルカの三人の兄は既に結婚していて伯爵家の直系子息で独身なのはルカのみ。

 それにルカは現在27歳で年齢的にも結婚しておかしくない。


 普通は貴族の四男ともなれば自分自身に爵位はなくどこかの貴族の娘と結婚して婿に入るものだが古くから続くシルヴァラン伯爵家にはいくつか現当主の伯爵が持っていた爵位がありルカはその一つのライセル男爵位を受け継ぐことができた。


 男爵は貴族の爵位の中では一番低いがルカの実家がシルヴァラン伯爵家ともなれば男爵でも娘を結婚させたがる貴族は多い。

 しかしルカは自分に来る縁談の話を全て断っていた。


 ルカにはイザーク王太子の親衛隊としての仕事がある。

 母親に仕事の内容は話せないがルカたち親衛隊はイザーク王太子の政敵を潰すために女性と関係を持つことが基本だ。


 そんな仕事のためルカ自身が結婚していると何かと都合が悪い。

 なのでいつまでも婚約者もいない息子の心配をする母親の気持ちは分かるがここで母親の言葉に頷く訳にはいかない。



「母上。私は自分自身で決めた女性と結婚したいのです。私のおじいさまのように」



 ルカの祖父は商売で訪れた外国で祖母と出会い、周囲の反対を押し切って結婚した。

 祖母はこの国では珍しい黒髪に黒い瞳の女性でその孫のルカは祖母の血を強く引いたのか祖母と同じ黒髪に黒い瞳の外見をしている。


 そして身長も高くたくましい筋肉を持ち野性味のある美貌のルカは10代の頃から女性に人気があった。

 その噂を聞いてイザーク王太子に「自分の親衛隊にならないか」と誘われたのだ。


 イザーク王太子はルカより年下だったが政に関する能力の高さは素晴らしいものがある。

 きっとイザーク王太子がこの国の国王になればこの国はもっと豊かな良い国になるとルカは信じているのでそのイザーク王太子の政敵を潰すためならどんなことでもするとルカは決めていた。


 相思相愛の祖父母をみていたので自分も好きな女性と結婚できたらいいと思うこともあるが、たとえこの「親衛隊」の仕事のために生涯独身でもルカに不満はない。



「貴方の気持ちも分かるけど…」


「母上。仕事で王宮に行く時間なので失礼します」



 これ以上母親のお小言に付き合っていると時間がいくらあっても足りなくなってしまう。

 ルカは王宮に入ると親衛隊の控室に向かった。

 控室には隊長のリオンしかいない。



「リオン隊長だけですか? ジュリアンとアーロンは?」


「ジュリアンとアーロンは既にイザーク王太子の執務室で任務についている」


「そうでしたか。遅くなりすみません」



 どうやら自分が一番遅く来たようだと思ったルカはリオンに謝罪する。



「ルカのその顔だとまた母親に捕まったのか?」


「ええ、いつもの「早く結婚しろ」という話ですよ」


「ルカは結婚したいのか?」


「いえ、まだ結婚は考えていません。今は親衛隊の仕事が第一ですから。それに私は自分の妻を裏切りたくないのでもし結婚するならそれは私が親衛隊を辞める時です」



 リオンの問いにルカは素直に己の考えを伝える。



「フフ、自分の妻を裏切りたくないか。その妻たちに夫を裏切らせるのが私たちの仕事とは皮肉なものだ。だがルカの気持ちは分かるな。たとえ貴族の結婚でも相思相愛の者もいるからな」


「リオン隊長も相思相愛の結婚をお望みですか?」



 ルカがそう問い返すとリオンは僅かに口元に冷たい笑みを浮かべ肯定も否定もしない。



「ルカ。イザーク様が次の仕事はルカにと仰せだ。執務室に行くぞ」


「はい。承知しました」



 結局ルカの質問には答えてもらえなかったがルカはイザーク王太子の執務室に向かいながら考える。

 貴族の結婚とはなんだろうと。




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